英雄譚
「久遠!」
天から墜ちる久遠の姿はあたかも、燃え尽きる寸前に眩く尾を引く流星にも似ている。しかし、流星の意味するところは視る者の祈りを叶える吉兆ではなく、むしろその逆。
ルードは腰に下げていた――久遠が装備を取りに行った倉庫におざなりに放置されていた――二つの
耳朶を強烈に打ち据える風圧と致死高度の底へと続く
弛んでいたワイヤーが張力を帯び、
瓦礫の街での蔦渡り――。未開拓惑星の原生生物から逃れる為に、
自らの身体能力のみでは叶わぬ三次元的跳躍機動で、下界のあらゆる障害を睥睨して、
――! ヤバい!
最短距離を選択するルードに魁夷な翳が差す。言うに及ばず、黎い人馬騎士だ。期せずして石像機の眼前を横断する
「あれ?」
はたき落とされる未来を想像した瞬間、動物的本能から目を閉じたルードだが、衝撃は訪れなかった。不可思議にも、カリアティードを――少なくとも、外見上はほぼ銀河人類と変わらぬ機械性人類を鏖殺する殺意を放っていた筈の石像機は……静観していた。敵と見做していないのか、それとも眼中にないのか。むしろ、墜落した久遠の元へとやおら歩を進めるのみである。
訝しむルードだが、彼の身に沁みついた
「久遠!」
一足先に久遠の倒れ伏した座標へと辿り着いた
抱き抱えた久遠の肢体には張力が失せ、瑞々しかった生命力――と呼んでいいのかは不明だが――も翳を潜めている。鮮やかな紫水晶の瞳は何も映していないらしく、その無機質な様が皮肉にも、更に宝石じみていて美しかった。
「おい、久遠! 起きろって!」
揺さぶっても力無い久遠は反応を見せない。頼りない弛緩した肢体からは、耐え難き〝死〟の匂いがする。今、彼女が生と死の
「
だが、ルードの冷静な一面はそれが叶わぬ夢であることを既に承知していた。
銀河人類と全く同存在であるバラージ人ならともかく、カリアティードが負った損傷の治療法が――一介の
「まだ破壊されていない場所に治療施設がある筈だ……」
石像機によって過半を粉砕させられた街ではあるが、魔手から逃れている場所も少なからず存在している。その、未だ被害を被っていない箇所には治療施設があると自分に言い聞かせて、ルードは久遠を抱き抱えて離脱を試みたのだが……。
「ぐ……」
彼らに覆いかぶさる巨大な陰翳。何か……など疑問が差し込む余地もなく、正体はわかりきっている。曇天から差す淡い光を黎く縁取るもの。灰色の世界で覇を嘶くのは、前時代の覇者――石像機。ゆったりとした足取りだったが流石の巨軀、歩幅の広さはやはり伊達ではなく、
先程ルードを看過していた人馬騎士だが、流石に目の敵としているカリアティードに対しては見逃すつもりはないとみえ、振り向けば雲に浮かぶ淡い太陽の翳を引き裂くように巨剣を振りかぶっていた。蟲が蝟集するが如き
――ここまでかッ!
本能的反射で顔を庇うも、妙に冷めたルードの頭はその行動の無意味さを理解していた。しかし、この行動が本能ではなく、運命に根ざしていたものだったとしたら……?
庇う仕草で丁度、久遠の胸で明滅するファサードの刻印とルードの手が触れ……ここに運命が結実した。シメール――ファサードの烙印持つ者が勇者の資格を得るための、最後の
不意に迸る光の奔流に、人馬騎士が
おお、灰色の世界に棲まう者よ、そして灰色の世界に辿り着いた旅人よ、刮目せよ。これぞ、終焉の始まり。やがて――いや、遂に。〝柱の時代〟の終焉と新時代を齎す英雄譚が紐解かれる。
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