傾斜
「……へぇ、なかなかやるじゃん」
オドナータによって機械的に増幅された視力で、ジラは塵埃の彼方で蠢く巨翳を眺めていた。火器を持たない、単純な剣を武器とした黒騎士。しかし、溢れ出す存在力を解放した人馬騎士に敵う者はおらず、思うがまま
蒼いMBは小高い丘陵から、一つの街が鏖殺の舞台と化していく姿を俯瞰していた。その近くには、
「…………」
崩壊する都市。それを留めんと、今、超人の視覚が人馬騎士へと挑む者の姿を捉えた。銀色の飛沫を舞わせる紫髪、紅の光彩を宿らせた
「あれが、シメールか」
携行火器の爆裂の炎が土埃から垣間見られる。なるほど、敏捷性と旋回性に勝るが質量と膂力では遠く及ばぬ
ファサードと呼ばれる紋章が顕れた
知っているのであれば、あのような
「お! 今のを耐えきったのかァ。頑張るねぇ。けど……いずれは捕まる」
――見せてみろ、シメール。今が、この世界に与えられた役を演ずる時だ。
際どい剣戟を遮二無二躱すシメールの姿は、それでも麗美にして機敏で、何処か儚い。屍山血河の舞台を優美に舞う傾国の美女には、立ち込める塵埃でさえも彼女を彩る紗幕でしかない。だが、それは摘まれようとする徒花に似た、または溶けゆく氷の結晶のような鮮烈にして崩壊の可能性を孕んだ危うい均衡性に支えられていた。
やはり、と認めるのは
不可避の未来へ傾斜する坂を駆け降りる美女も、その事実には気づいているのだろう。だが、当然と思われる帰趨を跳ね除けるべく、彼女は抵抗を続ける。その姿は勇ましく戦乙女と呼ぶに相応しいが、残酷な世界に彼女の祈りは届かない。
一つを除いて……。
――さあ、お膳立ては整っている。運命に向かって傾斜しろ。
重力の見えざる手に惹かれて、位置エネルギーを消費しつつ傾きに従う。それは、
しかし、誤算があるとすれば、それは――。
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