衝突

「ぐっ……」


 視界が砂嵐に塗れて、正常に像を結ばない。どうやら痛打を浴びたらしい。次第に記憶が蘇り、シールドバッシュによる一打で一瞬意識を喪っていたことに気づく。


 震える手を握り開き、脚を動かす。幸い、四肢の稼動には支障はないが、鈍く重い痛覚信号エラーが肢体に沈殿している。


 蹌踉めきながらも立ち上がれば、自身が叩きつけられた壁面の大穴から朱色に光る一ツ眼が垣間見えた。揺らめく炎の如き残光を滲ませる石像機。やおら建物内の久遠に向き直ると、未だ生きている敵を睨めつけてくる。兇悪な冷徹さを湛えたまなこに睨まれれば、尋常のカリアティードは恐懼信号エラーで微動だにできぬだろう。しかし、久遠は違う。


「っ、あああああああ!」


 獅子吼を吐き、脚に鞭打ってのしかかる重みを跳ね除ける。まだだ。まだ終われない。終わるとすれば、眼前の石像機を斃した時だ。


 脚から駆け上り脳天まで到る鮮烈な電撃は、痛覚を刺激し思考を寸断させる。だが、躯体フレーム状態を確かめつつ、折りたたみ式パゴダ傘型の〝不可視の雷霆ゼギルゼウス〟を組んで振り回す。そのまま、外の石像機に向けて構える。刺突爆雷槍の演舞は無駄な動きではない。現在の身体状態及び身体能力を総て把握するのに必要な動きが内包されているのだ。


「往くぞ」


 助走。二歩で加速、三歩目で最高速へと導き、一挙に建物内から飛び出す。跳躍からの刺突爆雷槍〝不可視の雷霆ゼギルゼウス〟の一撃。しかし――。


「チッ!」


 ここに来て、遊びは終わりと言わんばかりに石像機――〝眼馬ザルディロス〟は奔る槍撃を躱した。上半身のみで身をひねっての回避ではない、躯体フレーム全体で石像機は来る脅威から逃れたのだ。


 ――やはり、伊達じゃないようね。そのは……。


 勢い余って〝眼馬ザルディロス〟を通過した久遠は、建物の壁面へと着地ヽヽした。そのさなか、眼の端で捉えたのは、対峙する石像機の下半身だ。


 ――馬脚型、だったとはね。


 ヒト型、馬脚型、竜脚型、戦車型、船型、獣脚型、悪魔型……。様々な種類が存在する石像機。その数ある石像機の中でも特に機動性の高さで知られるタイプである。


「フッ!」


 呼気と共に、再度久遠が跳躍。崩壊し土煙を上げる町並みを踊るカリアティード。ロケットランチャーを肩に担ぎ、黒騎士へと撃ちヽヽ据える。流石の馬脚型でも不意には対応できぬ速度で迫る火箭は狙っていた胸部こそ外したものの、肩部へと炸裂した。肩部装甲が爆轟で剥がされ、関節部が外気に曝された。


 再び、〝不可視の雷霆ゼギルゼウス〟を携えて呐喊する。関節部の隙間――脆い神経を突き、電磁爆雷を撃ち込めばまちまち石像機は物言わぬ軀と化す。


 しかし、それを心得てか、〝眼馬ザルディロス〟は蹄の音を街にこだまさせつつ、またしても刺突を避けた。いや、単なる回避だけではない。狭い街中にあって、大通りや建物の隙間を巧みに擦り抜け、または諸刃剣で破断して、大きく旋回してくる馬脚型石像機。その狙いは――。


 ――まずいッ!


 決して小回りの利く型ではない馬脚型だが、その加速力は折り紙付きである。旋回機動は距離を稼ぐため、そして、開けた彼我の間合いが意味するものは……。


 〝眼馬ザルディロス〟の狙いに気がついた久遠は、二挺拳銃を構えて連射する。衝撃弾は着弾と共に文字通り衝撃を齎し、ストッピングパワーに優れた弾丸である。正式な任務でないこの戦い、持ち出せた武装には限りがある。特に弾丸については心許ない。しかし、それを惜しみもなく費やす久遠。そう、彼女の予想通りならば、間合いを殺された時には――間違いなくこちらの敗北が決する。


「クッ、あああああああ!」


 吼えながら銃爪を引き続けるカリアティードだが、衝撃に勢いを削られつつも石像機は止まらない。むしろ、獲物の必死の抵抗にいきり立ってか、ますますの力強さが感じられた。


 ここまで来るとやはりとしか言えぬが、脆弱なカリアティードに対して、石像機は圧倒的質量によるたいあたりという単純にして強力な一手を選んでいた。所詮は、人類程度の規模の体軀しか持てぬ身。膂力はともかく、その防御面については石像機と比較するとひどく脆い。しかも、旋回性はともかく馬脚型の加速力と巡航速度は脅威だ。


 銃弾の五月雨撃ちを止め、銃を下ろす。身体を脱力させ、そこには生を諦観しているような気配すら感じられた。


「久遠!」


 何処からか聴こえてくるルード――異星からやって来たというヒト――の声。大丈夫だ。できないわけがない。かつては白騎士として、そして今はそれを超える能力を持つシメールとして、この身は幾体もの石像機と鎬を削ってきたのだ。


「……ハッ!」


 気合の声を吐き、カリアティードは横飛びで迫りくる〝眼馬ザルディロス〟を躱した。銃撃の炸裂に眼を灼かれて最善を逃さぬよう、久遠はしたたかに時機を見定めていたのだ。


「くぅぅ!」


 しかし、加速に継ぐ加速を重ねた靠撃は予想を超える威力を秘めていたとみえ、完全に躱したつもりが、衝撃で久遠の身体は宙空に舞い上げられ、均衡を崩す。木の葉が墜ちるが如き落下は、しかし、猫科動物に似た体操作で地に墜ちる直前でなんとか均衡性を取り戻した。脚だけでなく、両手まで動員して着地。直後に身体を石畳に回転させて受け身――衝撃を分散させる。ひとしきり地を転がった後に四肢で勢いを殺せば、彼女の基に巨大な翳が降り注ぐ。


 見上げれば当然、石像機が俯瞰していた。否、それだけに留まらず、巨剣を振りかぶっている。質量と速度に加えて重力を織り交ぜ、更に震動する両断ののろいは、建屋はおろか道までを深い裂罅クレバスに断ち切った。


 際どいところを屈んでいた四肢を翻して、久遠は豪剣を躱していた。そして、その跳躍は楼閣の壁面へと身体を導く。回避と共に有利な位置取りを探す――。速度と反射性以外の身体能力で劣るカリアティード――並びにシメール――の常套戦術だ。


 だが――。


 諸刃剣の薙ぎ払いで上下に分割される建築物。上部が崩れ、久遠を覆い尽くさんと無数の瓦礫が顎門あぎとを開いてのしかかる。


 〝眼馬ザルディロス〟の周囲を遊弋して空隙すきを窺う腹だったが、この一太刀は拙い。他の回避法を潰された久遠は一挙に最高速トップスピードに転じる最善手――つまり一直線ストレートに疾駆。遮二無二に駈ける久遠の背後のすぐ近くに、瓦礫が雪崩をうって迫り寄ってくる。


 最速の願いを籠められた脚が臨界まで回転し、世界をやじりとなって横断。土埃と瓦礫で構成された大津波から逃れた久遠は、石像機の追撃を跳躍しやり過ごす。脚の下の空間を削る巨剣だが、ファサードをこくされたシメールの敏捷さには追いつけぬ。そう、巨軀とそれに見合う諸刃剣はそれだけに他の要素くさりに繋がれる。大気の抵抗、質量に引きずられる体軀、巨軀と馬脚故の小回りの無さ――その他幾つもの要素が絡み合って縛鎖となって、諸刃剣を縛っているのだ。そして、それは一撃と一撃の間隙についても同様だ。巨大な車輪は効率性については語るまでもないが、回転数については――小さな車輪には追いつけない。


 一太刀の間隙を塗って、囚人服のカリアティードは建物の壁面を飛び渡り、屋上へと駆け登った。


「……強いな」


 口中でごちる久遠。今まで相手をしてきた石像機――その中でも抜群に強い。装備が心許ない現状で打倒しうるのか怪しいほどに。強靭な石像機は、それに応じてアニマの出力が高い。同時に、この石像機がその分のアニマを――この街の規模を賄っていた何よりの証左だ。


「うおっ! 帰ってきた! 大丈夫か?」

「え?」


 突然かけられた声に振り返ると、そこにはルードがいた。自らを惑星潜りサルベージャーと呼ぶ少年がいるということは、ここは最初に降り立った屋上――知らず知らずのうちに巡り巡って、元の位置にまで戻っていたということか。


「ああ、連れてきたんだった……」


 闘争の場に於いて集中すると、思考の不純物が濾過されるタチである久遠は、ルードの存在を完全に忘れ去っていた。


「忘れてたのかよ……。それにしても、勝てるの?」

「……難しいわね」


 弱音は吐きたくないが、乏しい武装に加えて稀に見る強豪。石像機にとっての障害物である楼閣が混在する街中でさえ、これほどの強さを誇るのだ。戦いの中、建物が切り崩され、次第に石像機に有利な拓けた戦場へと変化している、この状況。相手は折れぬ限りは扱える刀剣、こちらは刺突爆雷槍でさえ弾丸を消耗する使用回数に限界のある火器。戦いの趨勢は明らかに石像機にあった。


「けど、負けない」


 久遠の紫水晶アメジストの瞳に紅の光彩が浮き上がる。劣勢にありながらも、薄汚い囚人服を着ていても、彼女は朽ちた美しさで彩られていた。黎く染まった白い鴉同士の喰い合いは、当人達の思惑はともかく、佳境に差し掛かっていた。

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