輪舞
床面を
「~~~~~ッ!」
姿形こそ古代の騎士を想起させられたが、その
次第に大きくなる黎い騎士――いや、速度が上がってきているのか、加速度的に陰翳が近づき、そして……。
二条の轍が石造りの屋上に刻まれ、粉砕される石礫がルードの顔を叩く。久遠が急制動をかけ、結果、屋上の表面を抉ったのだ。豆腐のように刻まれる轍を視るに、どれほどの速度と反発する筋力が必要とされるのか――
「
カリアティードの脇から乱暴に降ろされたルードは受け身を取れずに、這いずくばる形で倒れ込んだ。絶え間ない震動は、少年の身体に相当な負担をかけたとみえ、荒い息と共に滴る汗が石面に次々と花を咲かせる。
しかし、彼が到着した場所は身体を休めていられるほど長閑な場所ではなかった。轟音に反射的に耳を塞ぎながら、顔を上げれば――。
逞しい巨樹の幹が如き腕部。厳しい怒り肩の装甲。黝く染まった鎧。そして何より、朱に発光する巨大な瞳。
石像機と呼ばれる。カリアティードの天敵。久遠――シメールが斃すべき宿敵の姿が眼前にあった。
肌を粟立たせる畏怖は何か。鮮烈な存在感は、当然巨軀に由来してのものだろう。生物として持ち合わせている巨大なものに対する本能的な恐怖。しかし、それ以上に畏怖を感じさせるのは、魂魄に直接訴えかける存在力だ。つまり、生理的な本能よりも深く根ざした無意識の領域を揺るがす――それは古代に於いて限られた者だけが持っていた、
「さあ、行くぞ」
両手にいつの間に握っていたのか、二挺の拳銃を構えた。エネルギーマガジンを前方に備えた拳銃は発砲の時を待ち侘びて、垂涎する獣の如くに銃口から光を澑らせる。闘争への予感に、久遠の紫に輝く瞳が無機質な紅い眼光を灯らせた。
「あの、久遠さん。俺、なんで連れて来られたの?」
場違いなのは承知の上だが、少々落ち着きを取り戻したルードは長らく忘れていた当然の疑問を投げかけた。
「……ん? あれ、なんでだろう」
銃口は石像機に据えたまま、カリアティードは小首を傾げた。
「ま、まあ、いいじゃない。細かいことは考えないこと!」
「細かくはないと思うけど……」
どうやら意味はなかったらしく、久遠は誤魔化すように言うと、屋上を蹴った。塵埃が立ち込む中、シメールは両手の銃をダンスパートナーにして踊る。黒く染まった騎士を相手に宙空で身を翻し光弾を放つ姿は、それだけで一つの絵画を思わせる幻想的な光景だった。いつか観た幻想譚に彷魔酔ったかのようで、
拳銃から持ち替えたスレッジハンマーが輪舞で連なった遠心力で振るわれる。したたかに打ちのめされたはずだが、黎い装甲は未だ健在。少々の打痕こそ残ったものの、痛打には程遠い。反撃に、久遠が足場にしていた楼閣を両断する諸刃剣。迸る塵芥が威力の程を物語るも、一瞬早く退いていたカリアティードには影響しなかった。身を跳ねつつ、重ね連ねて五月雨に攻める久遠、そしてそれを圧倒的な装甲で受け止めつつ場を崩壊させる豪剣を振るう石像機。
条件こそ異なるものの、攻撃が容易く通じぬ相手に手を止めずに撃ち合う。だが、このまま決定打がなければ千日手と化すかとルードが思った矢先、均衡は呆気なく崩れた。
楯での打撃――。線である斬撃の剣と異なり、面である楯――しかも、馬脚の石像機を護るための楯とあって、巨大だ――での打擲。面ごと迫る攻撃を躱そうとした久遠は地を蹴ったものの、しかしその圏内から逃れるには一瞬足りず――。
石像機とカリアティード。二つの存在が相克する世界――惑星イラストリアス4。灰の空と世界柱は両者をただ眺めるのみ。だが、誰が知ろうか。この場に、この惑星の土を〝彼ら〟が踏みしめたその時から、緩慢に回っていた時代の歯車は拍車をかけて回転数を上げたことに……。
そう、時代という運命はこの時をもって、激動する。
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