章之參

暗雲

 荒野を行く黎い陰翳がある。人の体軀を越えたそれはもともと、人が人を効率よく殺傷するために練磨されたシステム――〝兵器〟と分類される殺戮の武芸ARTS OF WARだ。無骨ながらも、そこには確かに機能美と呼ばれる、錬成されたものが持つ結晶がかたちづくられていた。MB、小烏丸。しかし、MBは決して荒野に孤影を踏んでいたわけではなかった。


 胸部装甲を展開し、神門が坐わる操縦席が剥き出しになった小烏丸は、肩にもう一人道連れを乗せていた。双眸を眼鏡で隠した青年だ。黎いロングカーディガンに付いたフードを被った彼は布に遮られて、その相貌は秘匿されていた。


 荒野と呼んでも差し支えない広大な土地の向こうには、聳える山々に混じり、空を擦らんと手を伸ばしている明らかな人工物があった。既に神門は理解していたが、あれこそが廃墟となった先進文明の残滓が深緑の侵食を受けながら、寛やかに衰退していく姿だ。兀然こつぜんとしたおおいなる軀となった建築物は、栄華がいつか必衰する運命を殊更に強調しているようで、物悲しい伽藍堂に沈んだ静寂に支配されていた。


 しかし、彼らが目指している座標は、廃墟となった旧き時代の産物ではない。

 轍と蹄の跡が――肉眼では捉えられないものの、確かにイラストリアス4の土に残されている。これを辿ることこそが、連れ去られた惑星潜りサルベージャーの消息を尋ねることと同義なのだ。


「…………」


 小烏丸のカメラアイから寄越される視覚情報が浮き彫りにした馬車の痕跡を、忠実に尾行していく。想定よりも時間を要していた。度し難い怠慢と言ってもいい。護るべき者を拉致されただけには留まらず、追跡の途中で忘我に陥り、無為に時間を浪費するなど……。


 上空を仰げば、塵級ナノメートルの機械が群生むれむす曇天が渦を描いている。通常の惑星気候環境であるならば、豪雨と雷鳴の報せであるのだが、この特殊な厚雲にたして雨滴を地にしたたらせる機能があるのかどうか。


 何にせよ、急がねばならない。今こうしている間にも、ルードの身に危険が迫っていないとは限らない。わざわざ拉致して、場所を変えて処刑などはあるまいが、あくまで希望的観測が含有された予想でしかない。相手は銀河人類とは異なる文明の産物だ。どのような思考をしているのか定かではないのだ。


 眼前に霞んでいるのは、目指す街だ。砂漠に忽然と顕れるオアシスの如き街は、人の手を加えられているのか、黑騎士の巨軀が眠っていた緑のひつぎの、野放途に伸びるがままに伸びた樹々とは異なり、何処か整然とした印象を受ける。石造りの街はどうやら、旧き時代の建築物を中心に栄えた歴史を持つらしく、一際高峻な建物は明らかに天然の石を加工したものとは違っていた。


 中継地なのか、ここが終点なのか――どちらかは未だ知れぬが、伸びていく轍が真っ直ぐに眼前の街へと続いていることから、依頼主がここに来たのは確実と見えた。


「待ってください」


 街へそのまま入ろうと、MBに歩を進めさせた神門を卒然と制止したくぐもった声は、眼鏡の青年からだった。


「まさか、真っ直ぐ街へ入るおつもりですか?」

「…………」


 何を当然のことを……と、神門は無言を貫きながら小烏丸に歩みを続けさせる。当人は口を開かぬが、その実、何より雄弁な行動の意味を悟った青年は再び待ったをかける。


「黒き君、お待ち下さい。我々がそのまま入れば、衆目を集めるは必至。対策を用意しなければいけません」

「……対策?」

「ええ、人像柱は女性しか存在しません。我々が侵入すると……彼女らが〝性別〟というものを理解しているかは定かではありませんが、自分たちと何処か異なるヽヽヽ――と、違和を覚えるでしょう」


 人像柱――ルードを連れ去った、謎の女。正体こそ定かではないが、頭脳と脊髄以外の生体器官オリジナルパーツを徹底的に廃しすげ替えた――実に七〇%を超える肉体に機化ハードブーステッドを施した総身義体者パーフェクトサイボーグに匹敵する膂力を持つ、恐るべき相手だ。EMP’s――ヒト型探査艇とはいえ、人体寸法サイズで三メートル級の金属の塊を相手取る戦闘力、敵に回せば難敵となるのは間違いない。


 そう考えれば、確かにどれほどの人口がいるのかは知らぬが、その総てを敵に回すのは愚の骨頂である。ならば、彼の――眼鏡をかけた青年の言うことも尤も、否めぬところだ。


 視線で続きを促す。


「ここは、変装が有効かと……」


 変装――。確かに簡易な上、衣類を調達するだけで事足りる。しかし、街へ入れぬ以上、その衣類をどうして入手するというのか。


 神門の当然の疑問も仮面の青年は心得ていたとみえ、寡黙な彼が不承不承口を開く前に切り出した。


「衣服については心配ありません。私が用意できますヽヽヽヽ


 自信に満ちた青年の声は信用に値する心強さはあったものの、何故か神門はそこに黎く迫るもやじみた不吉な予感を、確かに感じていた。

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