畸嵬

 小烏丸が大地を奔る。三脚の鴉は空を飛べぬものの、その羽撃きは塵埃を巻き上げて濛々たる土煙を引き連れている。


「…………」


 周囲を睥睨しつつ疾駆する神門は、朽ちて廃れた建築物に眼をやった。 神門の預かり知らぬ話ではあるが、拉致されたルードはこの風景を眼には入れていなかった。馬車の狭い窓からはこの光景を垣間見ること適わなかったのだが、彼がもしこの人類あるじが去った灰色に霞んだ街の姿を眼にしたとしたら、どう思ったのか。


 曇天に手を伸ばし、半ばで潰えた楼閣ビル。今では少々残った硝子が、雲に遮られて弱まった恒星イラストリアスの黄金スペクトルの光を虹色に輝かせていた。色褪せ哀しきは終幕の光景。ただ、鮮烈に瞬く反射光だけが、霞みゆく景色を削っている。人類の黄昏――いや、おぼろの姿がここにはあった。


 その景色がやけに心に突き刺さるのは、何も全く見知らぬ光景ではないからだろう。そう、建ち並ぶ高層建築物が標となった墓場……ここに既視を感じるのは、その建築物の様相が神門の知るそれと酷似していたからに他ならぬ。


 竒妙な符号……別惑星で発生しているであろう別人類種が、たして文化レベルでも画一化された進歩を遂げるだろうか。古びたノートの文――身体的特徴がほぼ一致する、幾文明もの先進文明人達、銀河人類、バラージ人……。加えて、この建築様式に到るまで……科学力の違いはあるが、銀河人類の文明が生み出したものと等号していると断言してもよい。


 確かに、何者かが人類という種の進化の道筋を誘導しているように思える。ならば、それは誰か……。彼が――神門が追っている者達が或いは……。


 楼閣ビルには蔦が這い上がり、内部で観賞用として植えられていたのだろう植樹が大樹となって、硝子を突き破って枝葉を伸ばしている。その死と生を偲ばせる二律相反アンビバレンスな姿は、墓石に苔が生す様子に似ていた。いや、これはまさしく墓標だ。過ぎ去った人類を偲んだ建築物達が、自ら墓の役を買って出た……かつて居た者達への葬送歌。


 軀と化した摩天楼が生んだ緑の風が歌。廃れ朽ちたものと、そこに息づく確かな生命が奏でる蒼然さと鮮烈さが入り交じる哀切な美しさは、なだらかな坂に雪が舞う風景と何処か似る。


 鈍い灰色の空をる墓標は、彼らも神門の問いへの答えを持ち合わせていないのか、黙すばかりで何も語らない。


「……ッ!」


 小烏丸がブレーキステークスを打ち込む。脚部に仕込まれた杭が大地をえぐり突き刺さり、土煙を共としてつんのめる勢いでMBは急停車した。


 楼閣ビル間――かつての街路樹が樹の湖となっているそこで、黎い翳を見たのだ。樹木の翳に埋もれる形で――しかし、明らかに樹々では無い陰翳は不思議と神門の眼に突き刺さった。それは、確かに神門のよく知るモノと似ており、だからこそ優秀なライダーである彼は反応したのだ。


 そして――彼自身説明がつかないのだが、ルードの救出を第一目的としていたはずが惹き寄せられるかのように、それへと近づく。まるで夢遊病の如き、忘我に彼は陥っていた。


「……ロボット、か?」


 今、彼が駆っている小烏丸と比較すると明らかにおおきい体軀。艶の無い黎い装甲と蔦の這いずる巨軀は、彼にもたらされた過酷な風月の程を偲ばせる。蹲るままに朽ちている巨軀の全長は一〇メートル程だろうか。装甲よろいの形状といい、剣士としての気概か、朽廃してもなお握ったままの幅広の両刃剣といい、その意匠は旧時代の剣と鎧の時代を思わせる。かつては外套を纏っていたのか、金属繊維製らしき布の名残りが肩に残っていた。


 木漏れ日差す緑の海の底で眠るおおしき騎士。足元には湖があり、樹々の傘からの淡い日光を受けて、清純な煌めきを沈めている。緑濃き墓標と同じく、終わり軀を晒すものときづくものの、頽廃と栄華の綴れ織りがそこにはあった。


 ――黒き君よ。あなたのアニマを畸嵬像きかいぞう兦軀なきがらに注いでください。


「……ッ」


 唐突に響いた声に小烏丸の腰にマウントしていたマシンライフルを構える。しかし、如何なる反射の妙か、周囲何処からも聴こえる声は発生源が掴めぬ。警戒心から神経を針の如くぎ済まし、銃口をそろそろと周囲へと向けていく。葉々の透かしが浮かぶ光景は、神門の緊張感とは裏腹に安穏たる平穏さえ見せて……。


 ――黒き君よ。あなたのアニマを畸嵬像きかいぞう兦軀なきがらに注いでください。


 再度の同じ文句に、神門はこの得も言われぬ――鼓膜を介していないような声に総毛立った。この声の〝気配〟といい、脊髄に沁み入るような、脳内で響くような声……。三柱の白い法衣を纏った異形の者――人類ヒトを逸脱した者の発していた声に似ていたのだ。


「……何者だ」


 ――…………黒き君よ。あなたのアニマを畸嵬像きかいぞう兦軀なきがらに注いでください。


 声は神門の誰何には答えず、一言一句違わずに三再みたび同じ口上を語る。

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