伝説
「んじゃ、久遠はカリアティードっていう
「まあ、そうなるわね。構成物が有機物か無機物か――で人類か否かを決めるなら」
薄暗い牢獄。何処からか滴る水滴の甲高い声と足元を這いずり回る小動物の気配が支配する、常闇の窖。囚われの
「なるほどなぁ。全然わからない。謎は深まるばかりだ……」
人類がいない状態で、ここまで精緻な
主がいない中、灰色の空に封印されてきた惑星の継承者は、科学力レベルで語るならば――銀河人類の黎明期、その中でも〝古代〟と呼ばれる時代。カリアティードが自身の複製を製造しようとも、そもそもの技術が存在しない以上不可能である。
謎が謎を呼び、
「……名前」
「え?」
少々不機嫌そうなカリアティードの表情に、ルードは初めてこの惑星の住民が感情を顕している姿を見た気がした。いや、恐らくは正しい認識だ。白い衣裳を纏ったカリアティードは、全くと言っていいほどに相貌を崩していなかった。
「仮にも歳上の女の名前を呼び捨てにするのは、いかがなものと思うが?」
少なくとも、外見以上に彼らの年齢は隔絶されているらしい。稼動して数十周期を経過しているという、彼女の言が正しければ……の話ではあるが。
「あ、ごめん。嫌だった?」
「……別にいいけど。自然に呼び捨てにされてるのは、なんか嫌」
腕組みをして、窓の外――常曇の空を見つめる久遠。私、不機嫌ですと宣言しているような仕草は、ルードが知るカリアティードが見せるには人間じみていた。
「すみません。話続けても?」
「好きにすれば」
久遠はそっぽこそ向いたままだが、ルードとの会話を打ち切る程に気分は害していなかったようだ。
「じゃあ、あの白い服着たカリアティードは何? なんか無表情で怖かったんだけど」
「……白騎士」
何処か感情を消した、しかし吐き捨てるような久遠のつぶやきは、幽い音しか存在しない牢の中では予想以上に響いた。そこに何らかの感慨があることは容易に察せられた。
「白騎士?」
「そ。本当なら石像機と戦うはずのカリアティード。もう今は、本来の姿なんか忘れているけど」
「石像機?」
聞き慣れぬ単語を鸚鵡返しするルードにため息をこぼしたカリアティード。彼女としても、不思議と言葉が通い合わせられるとしても、ここまで共通認識が異なっているとは想定していなかったのだろう。
「……君、本当に知らないんだな。わかったよ。一から教えるわよ」
* * *
かつて旧き時代があった。
塔を築いた灰の時代――。
旧き神々は荒れた大地をお嘆きになり、空を再生の灰で覆い、お隠れになった。
そして、次の時代――。
魔の時代。
石像機の時代である。
灰色の世界がただ石像機のみに満ち、絶え間なく戦う世界。
しかし、永劫に続くと思われた時代は次の時代へと進む。
柱の時代――。
生まれた者たち――カリアティードは旧き時代の覇者に追い詰められ、儚く散っていく。
しかし、白き
彼女らは〝
世界に満ちていた石像機は動きを止め、朽ちてゆくだけとなっていた。
* * *
子守唄のように謳う久遠の声は、牢獄とは思えぬほど涼やかに響き、どこか母が子に寝物語を語っているようだった。本来、歌姫と呼ばれる者は彼女のような者だったのかもしれない。心にするりと沁み入って涼風を靡かせる声、何処か慈愛の情を孕んだ抑揚、安らかな表情……。
「……旧い物語よ」
「驚いた。久遠、綺麗に歌うんだな」
呆けたルードの、偽りならざる素直さに満ちたつぶやきに、カリアティードは満更でもない態度で返した。
「……な、何言ってるのよ。誰でもこれくらいはできる」
「それはないと思うけどなぁ。ところで、〝魔の時代〟のくだりに出てきた石像機ってのが……」
「そ。本当なら白騎士が戦うべき相手」
事もなげに言い放つ久遠だが、
「でも、〝柱の時代〟――つまり今は、石像機は止まっているんだろ?」
「……そうでもないのよ。百数周期前、止まっていた石像機が動き出したのよ。カリアティードの血を求めて……」
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