小烏丸

 コンテナ内部へと入った神門は、万一のために用意していたMBに火を入れる。主からの下知を受けたMBは平穏な眠りに別れを告げて、今、戦いの旗の元で立ち上がろうとしていた。


 ヘルメットと網膜投影型ヘッドギアをかぶった神門からは相貌が隠れ、その感情は一切見えない。


 自己診断プログラムが立ち上がり、車体の簡略図と共に、各部の診断状況がプログレスバーで示される。左から右へとバーが伸び、終端で異常なしを顕す緑色へと変化する。診断結果、全て良好オールグリーン。素性の怪しい格安部品も使用していたが、どうやら信頼性は高かったようだ。


 コンテナの闇を四角く切り取った灰色の空が広がる大地。そこへ向けて、歩を進めさせる。曇天が支配する惑星の大地を、今、戦闘兵器たるMBの脚が踏んだ。


 MB――マニピュレータ・バイクと呼ばれる、銀河人類文明で広く普及している三~四メートル級の多脚式歩兵型戦闘車輛である。安価かつ安定した陸戦戦力――特に都市戦で真価を発揮する――をフリーランスの神門が選んだのは、必然とさえ言えた。


 黎い車体は艶なす射干玉ぬばたまそれではなく、煤に塗れたように艶のないそれ。デュアル・カメラアイ、烏帽子かヘルメットを思わせる頭部、くちばしじみた部品がカメラアイの下に存在し、それらの構成要素がMBに鴉を思わせる。脚部は足の部分が存在しないものの脛に関節が設けられ、接地性が確保されていた。


 MB、小烏丸。神州秋津は叢雲重工製造のMBだ。秋津製MBには独自のレギュレーションが存在し、その一つが正座ヽヽである。正座を可能とするには、広い可動域が必要とされているわけであるが、秋津の職人達は困難なこの課題を安価で実現した。結果として、可動域に優れた秋津製MBは、特に近接戦闘に特段の優位性を誇るようになっていた。秋津人である神門もそこは弁えており、腰には二振りの刃物を差していた。


「…………」


 の上部がせり上がり、内側からマルチ・スフィアが顕れる。デュアル・カメラアイよりも精査能力に優れたそれが、ルードが連れ去られた痕跡を探る。すると、神門の瞳に、痕跡が淡い光を伴って顕れた。画像処理されて顕わとなった痕跡は――轍と四足獣らしき蹄の跡。神門でなくとも、馬車を思わせる痕跡である。


「…………」


 行く手の空は旋回する雲が不気味に手招いているように見える。どこかで低く、何かが唸っているような音が聴こえてきた。しかし、怖じてばかりではいられぬ。ルードを救出することこそが、我が目的。幸い、ルードの生体モニターは彼の身に危険が――今はまだという但し書きはつくものの――差し迫っていないことを示していた。


 しかし、安穏としていられる状況でないことも事実。彼女らは、正体さえ定かならぬ、それだけで人の身体能力を遥かに超える〝怪物〟なのだ。それに……危険分子が彼女たちだけとは限らないのだ。


 待ち受けるものの不吉な予感を神門は感じていた。

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