犍陀多

「へえ、なかなか面白いことになってるじゃあないか」


 惑星イラストリアス4の軌道上……トレジャー号と並ぶ形で静止ヽヽした宇宙艇。地上の出来事はまさしく遠い世界と言わんばかりに、ジラが呟いた。


 完璧に整えられた空調は、地上したでルードが味わっている劣悪な状況とは隔絶している。塵級機械雲ナノマシン・クラウドによって地上の状況は情報的に遮断されているのだが、その実、ルードが降下したケーブルを媒介にしてコンテナに仕掛けられたカメラによって彼は現状を把握していた。


 白く華美な衣裳を纏った女性二人――龍神神門の乗るEMP’sを圧倒し、その翳で惑星潜りサルベージャーを拉致せしめた謎の二人……。彼も与り知らぬ謎の存在ではあるものの、EMP’sとはいえ龍神神門と鉾を交えるだけの実力をその身に宿しているとは……。


「彼女たちは何者なのでしょう」


 黒い旗袍チーパオの少女がごちる。小首をかしげながら思案するアリアステラは、心中で彼女らが自らの王の障害になり得るのか否かを判断しているのだろう。その様を市井の男が見たのならば、その憂いの成分を含んだ相貌を振り返って見ていたに違いない。


「ジラさん、貴方が彼女たちと戦ったとしたら……勝てますか?」

「……侮辱しているのかな、僕を」


 EMP’sに乗った龍神神門を圧していたとはいえ、実力で彼に勝るジラが負ける理由がない。そもそも、龍神神門の実力もあの程度ではない。戦闘目的の兵器に搭乗していたとすれば彼女らを容易く斃してのけた、とジラは確信さえしていた。


「……わかりましたわ」


 ジラの回答は彼女の予想通りだったとみえ、アリアステラは地上の様子に眼を移す。脳内チップが見せる拡張現実AR、虚構のウィンドウにはコンテナに仕掛けられたカメラからの映像が映っている。神門が惑星潜りサルベージャーを救出しようとしているらしく、コンテナに封印していた機動兵器に火を入れている。


「とにかく、彼女達が何者なのか、何を目的としているのかが不明です。我々も降下するべきでしょう」

「……では、己の出番というわけだな」


 その場にいたというのに、我関せずを決め込んでいた狼我ランウォが口を開いた。


「そうだね。どちらにせよ、確実な〝口封じ〟は必要だし、僕らの目的――〝宍叢ししむら〟も直に見に行かなきゃいけないしね」

「……〝口封じ〟?」


 悪魔の申し子がうそぶいた不穏当な単語に怪訝な表情を見せるアリアステラ。しかし、ジラは彼女の様子を封殺して、話を進める。


狼我ランウォ、君の震狼フェンリルは二人乗りだったよね。コンテナにはMB一台くらいは乗せられるのかな?」

「ああ」


 部屋から立ち去るジラ。自動扉が開閉する密やかな音色が、室内を満たす。


「では、己も征く」


 極めて事務的に告げて、狼我ランウォも悪魔の申し子を追って退室した。


 残された栗色の髪の少女は、窓の外の宇宙空間へと眼を向ける。底に渦巻く灰がわだかまった、黒い広漠とした空間――そのさなかで煌めく宝石の星々。アリアステラには、この光景が何処か世界の縮図のように思えた。


 惑星イラストリアス4――結社の呼ぶところの〝塔の惑星〟。この灰色の坩堝るつぼの下の世界。宇宙艇から伸びるケーブルは仏が垂らしたという蜘蛛の糸か。ならば、この糸から救い出される犍陀多カンダタは誰か……。それを知る者は神のみ。


 * * *


 コンテナ内部へと入った神門は、万一のために用意していたMBに火を入れる。主からの下知を受けたMBは平穏な眠りに別れを告げて、今、戦いの旗の元で立ち上がろうとしていた。


 ヘルメットと網膜投影型ヘッドギアをかぶった神門からは相貌が隠れ、その感情は一切見えない。


 自己診断プログラムが立ち上がり、車体の簡略図と共に、各部の診断状況がプログレスバーで示される。左から右へとバーが伸び、終端で異常なしを顕す緑色へと変化する。診断結果、全て良好オールグリーン。素性の怪しい格安部品も使用していたが、どうやら信頼性は高かったようだ。


 コンテナの闇を四角く切り取った灰色の空が広がる大地。そこへ向けて、歩を進めさせる。曇天が支配する惑星の大地を、今、戦闘兵器たるMBの脚が踏んだ。


 MB――マニピュレータ・バイクと呼ばれる、銀河人類文明で広く普及している三~四メートル級の多脚式歩兵型戦闘車輛である。安価かつ安定した陸戦戦力――特に都市戦で真価を発揮する――をフリーランスの神門が選んだのは、必然とさえ言えた。


 黎い車体は艶なす射干玉ぬばたまそれではなく、煤に塗れたように艶のないそれ。デュアル・カメラアイ、烏帽子かヘルメットを思わせる頭部、くちばしじみた部品がカメラアイの下に存在し、それらの構成要素がMBに鴉を思わせる。脚部は足の部分が存在しないものの脛に関節が設けられ、接地性が確保されていた。


 MB、小烏丸。神州秋津は叢雲重工製造のMBだ。秋津製MBには独自のレギュレーションが存在し、その一つが正座ヽヽである。正座を可能とするには、広い可動域が必要とされているわけであるが、秋津の職人達は困難なこの課題を安価で実現した。結果として、可動域に優れた秋津製MBは、特に近接戦闘に特段の優位性を誇るようになっていた。秋津人である神門もそこは弁えており、腰には二振りの刃物を差していた。


「…………」


 の上部がせり上がり、内側からマルチ・スフィアが顕れる。デュアル・カメラアイよりも精査能力に優れたそれが、ルードが連れ去られた痕跡を探る。すると、神門の瞳に、痕跡が淡い光を伴って顕れた。画像処理されて顕わとなった痕跡は――轍と四足獣らしき蹄の跡。神門でなくとも、馬車を思わせる痕跡である。


「…………」


 行く手の空は旋回する雲が不気味に手招いているように見える。どこかで低く、何かが唸っているような音が聴こえてきた。しかし、怖じてばかりではいられぬ。ルードを救出することこそが、我が目的。幸い、ルードの生体モニターは彼の身に危険が――今はまだという但し書きはつくものの――差し迫っていないことを示していた。


 しかし、安穏としていられる状況でないことも事実。彼女らは、正体さえ定かならぬ、それだけで人の身体能力を遥かに超える〝怪物〟なのだ。それに……危険分子が彼女たちだけとは限らないのだ。


 待ち受けるものの不吉な予感を神門は感じていた。

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