邂逅

 手錠に似た縛めを受けたルードは馬車に揺られていた。馬車といっても、生物ナマの馬が牽いているわけではない。車を牽いていたのは、無機物で構成された馬の模造品イミテーション――機械仕掛けの馬だった。


 眼前には白い瀟洒な服装に身を包んだ女性。淡い水色の髪色をしている彼女がルードを見る眼は、お世辞にも好意的とは言い難い。


「あのさ、急にこんな目に合わされて、連れ去られるのもおかしいと思うんだよね。せめて、ちょっとくらいは説明あったりしないわけ?」


 あえて馴れ馴れしい口調で話しかけるも、返ってくるのはむべもない徹底した無言のみ。せめて、不快感を示すなりの反応リアクションは欲しかったのだが、全く意に介していないといった態度には、頑なにならざるを得ないほどの理由があるのではないか、とさえ思える。


「ねえ、どうなん……」

「黙れ」

「…………」


 御者を務めていた緑色の髪の女性の声がルードを刺す。鋭いそれは、思わずルードが口を噤むほどに冷え冷えしく、また威圧的だった。あまり刺激すると愉快でないことになりかねないと判断し、これ以上会話を試みるのを諦め、ルードは狭い窓の向こうを見つめる。この惑星に脚を下ろした地点からも見えていた、廃墟じみた街はその実、石造りの生きたヽヽヽ街だった。灰色の空を映したが如き石造りの街は棲む者がいたとしても、遠間からでは廃頽色に染め上げられているように見える。


 しかし、そこに違和感が横臥しているのは、異常な画一性故だろう。髪の色こそ違うものの、歩いている者が着ている衣裳は瀟洒ながらも一様に白い。そして、もう一つの違和。


 ――女しかいない。


 そう、ルードと同性が存在していないのだ。彼女らの正体が何であるかは不明だ。人類の基準で考えれば〝女性〟としか思えぬ彼女らが、実は雌雄の相違がある、または雌雄同体である可能性もある。いや、突き詰めれば、そもそも〝性〟が存在しているのかさえ不明だ。


 しかし、ロバート・ワクレマイオスと地続きの系譜を彼女たちが持っているのであれば、雌雄は存在しているはずである。少なくとも、ロバート・ワクレマイオスは銀河人類を基準とするならば、〝男性〟的だったのだから。


 揺られる惑星潜りサルベージャーの姿は窓を通して彼女らの瞳に触れられる。好機と侮蔑の入り混じったような視線の正体はルードにはわからなかったが、時折ざわめきから散見される単語を聴き留めていた。


 ――シメール……カリアティード……石像機……ファサード?


 単語個々が示す意味は定かではないが、それが判明した時に新たな事実が明るみになるやもしれぬ。


 やがて、人の数が如実に減り、朽ちながらも頑丈そうな施設の前で、機械馬は蹄を止めた。目的地と見て間違いあるまい。見る者に圧迫感を与える重厚な建物は、どう見積もっても楽しげな目的のために建設されたとは思えず、むしろ……。


「監獄、かな……」


 積み上がった石造りの建屋の角はところどころ欠けが見受けられたものの、建物そのものの構造耐力的には全く不足ないとみられる。むしろ、単純な造りは見るからに堅牢で、打ち壊すには相当の火力や質量を要するであろうと思われた。


 入り口の鉄格子がせり上がっていく。監獄は鉄の歯を見せつつ、今、来る者を招くように口を開いていくが、これは去る者を拒む魔性の顎門あぎとだ。


 背中を圧され、無言で中へと促される。今優先すべきは生存だ。ここで抵抗して、もしもの事態に陥っては第一の優先事項が危ぶまれる。雌伏の時だ。今頃、神門が自身を救出するために動いているはず。


 付き合いは浅いものの、神門が友誼を結んだ相手を決して見捨てない性格の持ち主だろうと惑星潜りサルベージャーは見ていた。


 緑色の髪の女性が前、水色の髪が後ろだ。EMP’sに乗ったルードを無理矢理下ろすような相手だ。脳内チップ以外の機化ハードブーステッドを行っていないルードでは抵抗を試みるだけ無駄なこと、従容と歩を進めるしかない。


 ――暗いな。


 〝世界柱〟とは異なり照明施設は無いのか、ところどころに配置された松明の炎が幽かに宵闇を照らすのみ。相手が囚人とあっては顧みられていないとみえ、床面は凹凸が目立ち、脚が取られそうになる。


 廊下の左右に設けられた牢は、石壁に埋め込まれた鉄扉のみを出入り口としている。何者かがいるのであろう気配だけは感じられるものの、分厚い鉄扉と石の壁を透かし見る術を持たぬ彼には真偽の程は掴めない。


 廊下の終端もまた、牢の扉だった。他と同じく没個性的な鉄扉が出迎えるも、最も奥に配置されているという場所柄から、最も危険と認識されている者が入れられるであろう独房なのは間違いなかろう。


 女が束になった鍵から一本を取り出し、鍵穴に差し込む。開場された扉は錆で軋んでいるのか、甲高い音色を立てて開けられた。


「入れ」

「ちょ……わかったって! 強く押すなよ、もう」


 強く圧されたルードはつんのめりながら牢の中へと入った。思っていたよりは広い牢だが、窓は牢の面積の割に小さく、暗い上に換気が充分ではないとみえ埃の臭いが漂っている。お世辞にも快適とは言えぬ環境だ。


 足元を走り抜ける複数の気配に、脊髄反射で片足を上げる。暗がりの中、更に黒く小さい何かが、甲高い声を上げながら蠢く。


「うわ、ネズミ! いや、そもそもネズミなのかな?」


 知っている小動物の名を叫ぶも、そもそも惑星原住生物であるならば、彼の知る生物とは異なっている可能性が高い。反射的な言葉に対し、我知らず取り繕うルード。


「君、そこの窓枠なら彼らヽヽも昇ってこないわよ」

「え? うわっ、先客がいた……」


 かけられるはずの無い声をかけられたルードは思わず、驚きの声を上げた。この暗がりでは致し方ないものの、先住民は少々気分を害したようにつぶやく。


「うわっ……って、失礼ね」


 どちらにせよ、不快な小動物から身を躱せられるのならば僥倖とばかりに、惑星潜りサルベージャーは素直に窓枠へと腰掛けた。


「まさか先客がいるとは思わなくてね。……そろそろ眼も慣れてきたな。俺はルード。よろしく」


 声の主へと向き直ると、外から差し込む幽き光が彼女を照らしていた。銀を散りばめた紫の髪、整った相貌、ところどころほつれ破れた囚人服から伸びる扇情的な脚……。この暗い獄中にあっても、彼女は美しかった。


「ルード……ね。久遠よ。よろしく」

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