襲撃

 なおも、レクシマイティオ社がこれから成す――そして、恐らくは成されたのであろう偉業について、弁舌に語るロバート・レクシマイティオという過去の記録ぼうれい


『我々はこの惑星を変革します! 素晴らしい環境を次世代へと繋ぎます。未来は、我がレクシマイティオと〝世界柱〟、そして……』

『ッ!』


 突如、けたたましい爆音がロバートの自信に満ちた語り口を吹き浚った。同時、白い翳が踊ったのを神門は視界の端で見留めた。脊髄反射的にEMP’sの腕を楯にした瞬間、背後へと突き飛ばされる衝撃が彼を襲った。EMP’sの脚部が床面を削り、擦過に悲鳴を上げた火花が周囲を仄かに火の色に照らす。


 ――こいつッ!


 甲高い耳障りな絶叫が谺する聴覚に苛まれながら、神門は襲撃者を睨む。防禦する腕が死角となって敵の姿は見えない。腕部関節が圧力に負け始め、軋みを呼ぶ。体勢の均衡性が崩れ、あわや転倒寸前にまで追い込まれていく。


 一瞬差し込んだ光に眩む。視界が感光され、なおも見えぬ襲撃者だが、楯にした腕の向こうには確かに存在している。衝撃のをずらしつつ、体勢を整える。受け流しは覿面な効果を及ぼし、敵は自らの力を利用されて、あらぬ方向へと飛ばされた。


 立て直しを図る神門は、先程視界を灼いたのが塔の外に満ちる光だと知った。塵級機械ナノマシンの曇天でお世辞にも明るいとは言えぬ外光ではあるが、それでも暗がりに支配されていた塔の内部に比べれば鮮烈だ。眼が眩んでも致し方あるまい。


 ――人……か?


 白い衣裳――モード系の先鋭的なドレスを纏った女性……。淡い緑の長い髪がきらめく女性は、夷狄を打ち倒すべく柳眉を逆立ていた。少なくとも、神門と同じ生身ニュートラルボディには敵わぬ膂力である以上、尋常な人の身ではない。いつの間に持っていたのか、マシンライフルを両手で構えた彼女はEMP’sを釣瓶撃つ。


 不意の銃撃に、ライダーの背筋が凍る。そもそも耐環境性に特化されたEMP’sはこのような荒事には向いていない。高圧の深海や豪風に耐えうるボディも、純粋に貫通・破壊を目的とした銃弾には敵わない。艇体を振って、銃弾をやり過ごす。ボディをえぐる魔弾がEMP’sをしたたかに打ちのめすも、神門は持ち前の操縦技術で立て直す。巧みに均衡性を取り戻したのは、ライダーの技術と勘働きが高い次元で融合している故だ。


 ――退けば撃たれるッ!


 間合いという概念を封殺する、銃撃という長距離を奔る不可視の刺突剣。その剣尖は鋭く、刹那にして迸る一撃は世界に風穴を開ける。間合いを空ければ狙い撃たれるは明々白々の事実、ならばこそ距離を潰す。相対距離による被弾面積の拡充は否めないが、いずれ被弾つかまるのであれば同じこと。人類の反射神経では追いつけぬ刺突ならば――!


「ッ!」


 決意から行動までの時間はほぼ同時だった。大胆な瞬発力を発揮しつつ、神門は相手の女が銃を構える瞬間を見た。


 再度、ボディに銃痕を打ち込まれるEMP’s。しかし、並みの乗り手ならば操縦席まで貫通されていたであろう銃弾は、決定的な弾道に限って躱されていた。流麗な清流の如き、そして荒々しき濁流の如き不規則かつ滑らかな突進が、致命の魔弾を大岩に見立ててうねり避ける。機能的に捨てられる場所に被弾箇所を集中させる手並みは、なるほど年齢こそ若いものの歴戦の風格が見え隠れしている。


 もともと戦闘を使用用途としていないEMP’sをここまで扱うのは、ライダーの持つ、搭乗兵器への造詣の深さと感性の鋭さ故だろう。だが、所詮は非戦闘用途。眼前の彼女と神門では、戦闘という分野において決定的に近い要素に差があった。


 一方は矢継ぎ早に銃弾を吐き出す。しかし、もう一方はというと……空手。そう、武器ヽヽ。身体能力において自身を遥かに超える獣を差し置いて、人類を覇者とした要素。EMP’sと女性――尋常ではない膂力を誇る女性相手ではEMP’sはよくて互角……そして、戦力の差は武器の有無に集約される。


 しかし、だ。それだけで勝敗が決するかどうかを語るならば否、だ。


 一髪千鈞を引く機動で更に間合いを殺していく神門。ここに来て、相手も狙いを察したのか、退き気を見せるが――もう、遅い。EMP’sの鈍重な動きでも、手が届く間合いまで届けば……。


 掬うが如き腕の振り、歩を進める荷重移動の勢い、大きく二つの要素を紡いだ体術は――崩しと投げ。膂力は同等だとしても、質量と規模はEMP’sが勝る。放り投げる要領で打ち上げられた女性は、しかし猫科猛獣のしなやかさで肢体をひねって着地した。


「…………」


 しかし、神門の狙いはこの一撃に無い。稼いだ値千金の時間をまず状況把握に費やす。現在の座標――塔の位置、コンテナの位置……。コンテナまでは微妙に遠い――本来ならば、確かな武器ヽヽを確保したかったのだが、この際、贅沢は言えぬ。


 即座に決断した神門は、EMP’sを塔へと奔らせる。荒事に向かぬEMP’sでの戦闘機動は不安が残るが、今の神門は護衛。対象であるルードの安全こそが肝要である。


 塔に開けられた大穴へと飛び込む、が……。


「…………」

『――――』


 ロバート・レクシマイティオの演説じみた声が朗々と新たな時代の幕開けを謳う声と、機械装置から迸る火花の音色以外には気配が絶えていた。既にルードの姿は無い。ただ、EMP’sの抜け殻だけが佇み、空虚な空間に更なる空漠の色を濃くしていた。詣でる者も絶えた伽藍の侘しさに似た頽廃が、ここに横たわりつつあった。


 理解と同時に再び塔の外部へと出るも……。


「…………」


 緑髪の女性の姿もまた千々に散った雲の如くに消え去っていた。虚ろな野に塵級機械ナノマシンを孕んだ風が流れる。彼女らの目的がルードの拉致であるならば、それは完全に成功したと言っていい。もしくは、ルードか神門、どちらかの拉致であっても目的は半ばはたされている。


 この惑星の謎、あの女達の正体や実際の目的は定かではないが、ルードが連れ去られた……その事実だけは否定できない。だが、この借りは必ず返す。


 疵だらけになったEMP’sのハッチを解放した神門は、遠くに霞む街を睨む。奪還の意思を魂に刻みながら。

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