言語

 主要構造部には影響がないとみえ、壁面が欠けた塔は何事もなくそびえ立っており、少なくとも倒壊の兆しは見られない。上を見れば、平衡感覚を失う高度まで続く塔は揺れている。これは、大地の揺れや大気からの干渉を吸収している証だ。しなやかな塔の構造は、銀河人類文明でも使用されている軌道エレベーターでも活用されているものと近しい。


「お邪魔しますよ~?」


 壁面の穴は最近つけられたものらしく、内部を外気にさらけ出していた。内部も、壁面は砕かれ、調度品も粉砕されて、未だ生々しい衝撃の傷痕を残していた。火花が散っているのは、未だにこの塔に何処かからエネルギーが送られている証左だろう。機械装置らしき火花散る物体のそばには、近年では目にする機会も少なくなった物理モニターが仄かに光を発し、絢爛たる色彩のノイズを走らせていた。そればかりか、天井を見上げると殆ど死んでいるものの、照明までもが存在している。


「……おいおい。こりゃ、思ってたよりもとんでもないモノかもしれないな」

『…………』


 文字らしき文様は読めないが、先進文明の遺産であることは間違いないだろう。しかし、ルードも惑星潜りサルベージャーの端くれながら、違和を覚えていた。


「これ、誰かのいたずらじゃなかったりしない?」


 軽口を叩くも、惑星潜りサルベージャーはその言葉を肯定する返事を求めていた。尤も、もうひとりの少年は無口を貫いている以上、彼の望みは叶えられなかったが。


 彼の困惑もむべなるかな、あまりにも銀河人類文明と似通った技術体系――いや、殆どそのものと断言さえできる、類似を超えた複体ドッペルゲンガーじみた相似性は、確かに恐怖ホラーの産物ではあった。ルードの背筋が冷たい蟻走感に打ち震えたのも、致し方ないところだ。


「こんなの、あり得るのか……。なあ、なんとか言ってくれよ」

『……先進文明は、銀河人類と異常に似た存在だったらしい。文化や技術、そして……肉体も』


 一方の神門は……驚きはしたものの、惑星潜りサルベージャーのそれよりは遥かに薄かった。何も、両者の性質だけではない。彼が呼んでいたノート――アラカム・ヒブラ・アットゥーマンの書記に、現状を予期する内容がしたためられていた故だ。


『俺たち銀河人類も、決められた軌条レールを走らされているのかもしれないな』

「なんだよ、その軌条レールって?」

『…………』


 神門が沈黙すると、不意にモニターが依然としてノイズ混じりだったが、意味のあるものを映した。


『レクシマイティオ社がこの惑星を変えます!』

「!」


 濃淡のあるノイズの向こう側から、男性の声が聴こえてきた。ルードは……そして神門も驚きから、声の方向へと振り向く。唐突な不意討ちに面食らってのことだけではない。問題は、声の意味が明瞭に伝わったことである。


『惑星ワクレマイオスの環境は悪化の一途を辿っています。大気汚染、砂漠化に始

まり、各地の紛争やテロリズム……このまま手をこまねいては遠からず我々はワクレマイオスと共に滅びます。そこで、私、ロバート・レクシマイティオはある計画を提唱しました。こちらを御覧ください』


 かしこまった衣裳を着た男性が青い虚構空間に立ち、にこやかな笑みを浮かべている。動画広告なのだろう、絶対の自信に裏打ちされた、ロバート・レクシマイティオの会心の笑みは確かに受け手側に好意的な印象を与える。


「なんで、俺たちのわかる言葉を喋ってるんだよ……?」

『…………』


 当然の疑問をこぼすルードだが、明快な回答を持ち合わせていない神門は黙ったまま。尤も、彼が揺るがぬ確信を持った答えの用意があったところで、口にしていたかは疑問だが。


『この、塔! 我がレクシマイティオ社が建設したこの塔――〝世界柱〟こそが、惑星環境改善システムの中核を担っています……』


 次第に熱を籠めて語るロバートの姿を余所に、ルードは脳内チップを通じて〝レクシマイティオ社〟を検索していたが……一致なし。脳内チップと電光空間グリッドスペース。銀河人類に高度の情報化をもたらした二つの偉大な発明――あまねく銀河人類の知恵と知識に広がりと深みを与えてきた、革命的情報発明が、〝レクシマイティオ社〟に関しては知らぬ存ぜぬを決め込んでいるのだ。


「……どういうことだ?」


 未だ発見されていなかった銀河人類文明の産物であるならば、電算の海を浚っても何も顕れないのも頷ける。しかし、少なくとも――発音イントネーションや訛りらしき僅かな違和を感じさせるものの――話している言葉は銀河人類で使用されている言語そのものだ。


「神門さん、あんたこの言葉わかるか?」


 脳内チップには、銀河人類文明にある数百もの言語を翻訳する機能がある。その恩恵を享受しているルードは翻訳可能な言語ならば、自動的に彼の知る言語へと変換される。


 しかし、それも生身ニュートラルボディである神門にとっては別の話だ。だが――。


『ああ。少々違和感を覚えるが、銀河標準語だ』

「馬鹿な……あり得ないだろ」


 吐き捨てる惑星潜りサルベージャー。銀河人類が知らぬ先進文明……しかし、使用言語は銀河人類標準語。このとてつもない齟齬を説明できる論をルードは持っていなった。

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