戦奴

 戦闘終了後、押っ取り刀で追いついた馬車に揺られて、久遠・マウザーは監獄に戻ってきた。看守たるカリアティードはいずれも、戦いの煤に染まった〝白い鴉〟を無感情に出迎え、〝所長〟の部屋へと通す。もう幾度も繰り返してきたことだ。


「おかえりなさい。特に損傷もなかったようで、安心したわ」

奴隷シメールに心を裂いてくださるとは、いつにも増して慈悲深いですわね、〝所長〟?」

「〝所長〟はやめなさい。昔のように、楓と呼んで頂戴」


 背の高い椅子に座った〝所長〟の言葉を聞いているのかいないのか、久遠はそっぽを向いていた。嘆息する〝所長〟――改め、楓だったが、彼女の態度もむべなるかな。


 白き隕石いしの勇者、叉拏しゃなに付き従ったカリアティード〝白騎士〟。その〝白騎士〟の称号は現在いまに残り、石像機と戦うカリアティードに与えられる誉れであった。誰が知るだろう、この部屋にいる二人――久遠と楓が〝白騎士〟という称号を冠にして、共に戦った過去を持つことを。


「貴方にはつらかったことも承知しています。昨日までの仲間だった者に嫌悪の視線を向けられて、追い立てられたことも……この監獄で戦うだけの存在にされたことも」

「知ったような顔をするんだな」


 優秀な〝白騎士〟だった久遠にファサードの刻印が顕れたのは、いつのことだったろうか。ファサードの刻印が顕れたカリアティード――シメールに与えられる運命は二様しか存在しない。シメール狩りの〝白騎士〟が残り香を道標に追跡し、いつてるともしれない逃兦劇を演じるか、それとも追い詰められこの監獄で自由を縛られるか……。


 通常のカリアティードでさえもファサードは覿面な能力向上をもたらす。況してや、それが〝白騎士〟のものであったとすれば、尚更だ。前代未聞の〝白騎士〟のシメール……当然危険視された久遠に差し向けられた追手の追走は熾烈を極めた。嵩上げされた膂力だけならば御することも可能だが、彼女に備わっていた経験、技術、判断……それら全てが結びついたシメールを容易く追い詰めることなどできるはずもなく、彼女の去った後には〝白騎士〟が大地に臥す姿だけが残されていた。


 状況が変わったのは、楓が考案した捕獲計画だ。シメールとなった後でも、〝白騎士〟としての誇りは持ち合わせていたのか、単なる性格だったのか、久遠は行く先々で再動した石像機を倒していた。或る石像機の再動の兆しを知った〝白騎士〟達はあえてその情報を流布し、久遠が顕れるのを待った。たして姿を見せた久遠が石像機と丁々発止を演じ仕留めたところを――〝白騎士〟が囚えたのだ。


 ――お前たち、〝白騎士〟が無辜の民が傷つけられることを承知で私を待ち構えていたのか! それが〝白騎士〟の称号を持つ者のすることか⁉


 久遠は今でも、囚えられた時の無機質極まる、或いは嫌悪を顕わにした〝白騎士なかまだったもの〟の視線を忘れられない。信じていたものに裏切られた者の持つ、暗い過去はファサードの刻印そのものよりも疼痛をもたらした。


 それを契機に、ただ囚えられていたシメール達は石像機を狩るための戦奴とされ、〝白騎士〟はシメールを狩る者となっていた。栄誉と喝采の的だった〝白騎士〟も今では昔、ファサードの刻印を宿した者を慈悲もなく囚える、異端審問官と成りてていた。


「お前は、使い勝手のいい奴隷をできるだけ長く使いたいだけだろ。私は忘れない、忘れられない……」

「……今回の貴方の仕事はこれで終わりです。戻りなさい」

「わかりましたよ。〝所長〟」


 自ら独房へと戻ろうと踵を返した久遠は、しかし扉の前で脚を止めた。


「あの街――ノルトルダイムは今後どうなるの?」

「わかっていることでしょう。アルマはもう流出しない。あとは、枯れていくだけ……」

「……そ」


 短く、素っ気ない返事は、彼女自身も弁えていたからに他ならない。


 そのまま、退室した久遠を透かし見るように扉を見つめる楓。


「そうやって悪ぶっても、時折、かつての口調が戻っているところ……気づいてる? 胸の内はあの頃から変わってないのね」


 誰もが知っている、予想できることをあえて聞いたのは、久遠の中で整理がつかない部分なのだろう。シメールが忌み嫌われる理由は、何もカリアティードから〝外れた〟存在だからのみではない。石像機を倒す――かつての〝白騎士〟が担ってきた行いもまた、彼女らが嫌悪の眼で見られる理由でもある。


 加速度的に増加するシメール。本来の、石像機討滅を忘れてシメールを囚える〝白騎士〟、そして〝白騎士〟に代わって戦場に駆り出される戦奴シメール……。塔の時代は確実に斜陽を迎え、帳を下ろそうとしていた。

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