傲岸

 神門を自身の宇宙艇――トレジャー号に待機させて、ルードは流麗な描線を辿った宇宙艇へと移動する。宇宙艇と宇宙艇を結ぶ架け橋を抜けると、まさに別世界が待ち構えていた。


 準備が整うまで待つように指示された少年だったが、宇宙に咲いた白い庭園めいた室内では落ち着くものも落ち着かない。ルード自身、服飾の感性は鈍いと自覚しているが、惑星潜りサルベージャー仕様の宇宙服を着ている彼には似つかわしくないことだけは理解できた。年齢の割には稼いでいるルードも、このような仕様は到底拝めるものではなく、物珍しさから室内を右往左往する。


 充分な面積を贅沢に使用した宇宙艇のロビーは絨毯が敷いてあり、靴の音を柔らかく吸収する。宇宙艇内に観葉植物という〝無駄〟を享受する贅の凝らしようは、なるほど高級感に満ち満ちたこの空間には似つかわしい。白を基調としていながらも無機質さを然程感じぬのは、室内の丸みを帯びた調度が繊細なバランスで調和している故だろう。


「お待たせしました」


 夏を過ぎて涼風に揺れる風鈴の如き声には覚えがあった。能わず姿を顕したのは、鈍く繻子の輝きを沈めた旗袍チーパオ少女アリアステラだ。先日と変わりなく、スリットの隙間から覗く脚の艶めかしい線は、少年の顔を染めさせるには充分だったが……。


「へぇ。逃げずに仕事を全うしようとする姿勢だけは買ってあげるよ」


 剽げていながらも悪意も顕わな声の主が、背筋を冷たい手で逆撫でるようにルードの感情を押し留める。蠢くように逆立った金髪と、整っていながらも奇妙にねじれた雰囲気を持つ少年、ジラだ。


「もっとも、それに見合う額は出してるんだけどね?」


 以前とは異なり、裸眼となったジラは確かに整った相貌をしていたが、遮光器型の黒眼鏡スリットレンズ・サングラスで僅かでも包み隠されていた、他に対する無関心さから来る冷酷さが克明に暴かれていた。


「え、その格好……」


 ルードの驚きもむべなるかな。彼は、汎用ライダースーツに身を包んでいたのだ。確かに、調査はアリアステラ側で行うとは聞いていたが、ジラがそれを担うなどとは想像の埒外だった。


「あんたも降下するのか?」

「不満かい? 君がちゃんと仕事ができるようお目付け役を買ってあげたんだよ」


 ソファに腰を預けて、ヘルメットを撫でるジラ。その様子が獲物を嬲る狡猾な猛獣に見えるのは、たして気の所為だけだろうか。あえて神経に障る笑みを浮かべているのであろうジラに、ルードも抑えていた嫌悪感が溢れだす。


「ああ、不満だね。たとえ嫌な奴相手だろうと、仕事では手を抜かないよ!」

「へぇ。だといいんだけどね……」

「ジラ!」


 柳眉を逆立てたアリアステラの声に肩を竦めたジラは口を閉ざしたが、しかし薄気味悪い微笑みは相貌に貼り付いたままだ。


「すみません。不快な思いをさせてしまいました」

 頭を下げるアリアステラ。艶めいた栗色の髪が肩を滑り落ちて、彼女を飾る滝となる。

「いや、アリアステラさんが謝ることじゃないですし、こちらこそすみません」


 勢いよく頭を下げるルード。お互いに頭を下げあった構図に、少女が控えめにほころぶ。上品な笑みは、それだけで市井の男から感嘆のため息が溢れるだろう。本人に自覚があるかは定かではないが、妖美で世を乱す女性とは彼女のような者なのかもしれぬ。


「これではお話できませんわね。お互い様ということにしませんか?」

「ええ。そうですね……」

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