イラストリアス4

 数日後のイラストリアス星系――。この日、二舟の宇宙艇が星系へと侵入した。


 一つは、ルード所有の宇宙艇。定員数こそ少ないものの、宇宙艇を所有しているのは惑星潜りサルベージャーとしての腕前を顕すバロメーターになる。駆け出しでも惑星潜りサルベージャーは箔をつけるために、借金をしてでも宇宙艇を購入する。惑星潜りサルベージャーは舐められると一生足元を見られる業界であるため、こういった見栄が必要となる面があった。浪費癖のあるルードが衝動買いしたこの宇宙艇、EMP’sを最大限に使用できるよう、様々な改造が施されている。大気圏突入突破機能は申し訳程度しかないが、惑星潜りサルベージャー仕様としては充分以上の性能を持っている。


「なんか、並んで飛ぶと劣等感に苛まれるなぁ」


 だが、若くして一国一城の主となったルードは、とてもそうとは思えない表情を浮かべている。操縦席から並走する宇宙艇を横目で眺めたルードの、ため息混じりのぼやきもむべなるかな。


 そして、もう一つの宇宙艇――。依頼主アリアステラの宇宙艇だ。滑らかな陰翳を描く流線型のデザインは、高級宇宙艇メーカーによるフラッグシップモデルだ。磨き上げられた臙脂色マルーンのボディは艶めいており、宇宙艇と言うよりも高級楽器の趣があった。通常ならば定員数も十名を超える規模の宇宙艇の乗員は四名と聞く。乗員を抑えて空間を贅沢に確保した宇宙艇は――なるほど、ルードのそれと比較すると用途と設計思想に違いがあるとはいえ、あまりに格差が存在していた。


「…………」


 同じく操縦席に座る神門はというと、宇宙艇には興味がないと言わんばかりに目指す惑星――よく眼を凝らせば、僅かとはいえ灰色の点が見える――を見つめていた。


 自動操縦オートパイロット機能により、基本的には煩雑な宇宙航行の手間は省かれるようになったものの、事故の際の責任の所在から、たとえ自動操縦であってもパイロットは操縦席に座るよう法律化されている。いくら大戦後間もないといっても、お目溢しは期待できない。所詮は、勝敗の決しない妥協としての停戦だ。慢性的な戦争は戦時と戦後を曖昧とさせており、半ば惰性で行われてきた戦時中という日常ヽヽとの境が霞がかっているのならば、日常的な取り締まりが弛む理由がない。むしろ、小遣い稼ぎとばかりに締め付けが強くなっているという噂さえ聞こえている。流石にこの辺境で取り締まられることはないだろうが、それでもルードは慎重に慎重を期していた。


「依頼主もさ、調査をしたいんだってさ。一度、俺たちが惑星地表に降り立った後、調査チームとして二名降りてくるらしい。まあ、彼らはあくまで学術的調査がメインだそうで、サルベージそのものは俺たちが担当ね」

「了解した」

「……なあ、神門って秋津人なんだよな?」


 唐突に話題を変えたルードに、神門は首肯した。別に隠し立てするようなことでもない。


「純粋な興味なんだけど、秋津人って生身ニュートラルボディが多いって本当?」

「……他民族に比べると少なくはない。旧時代から入れ墨タトゥー人工埋没物インプラントには否定的だからな。脳内チップは市民権を得始めているようだが」


 確かに、脳内チップ未処置者が多いのか、携帯端末機は秋津製メイド・イン・アキツ大部分シェアを占めている。高い市場占有率はすなわち、その必要性からの需要に他ならない。


「だからかぁ。俺、生身ニュートラルボディの奴と会うの初めてだったからさ」

「俺からすると、それほど珍しい存在じゃないがな」


 誰かを思い出しているのか、胸元を飾る銀製のラリエットとすいを眺める神門。何らかの意味があるのか、水飛沫と共に乙女を抱きしめている龍の意匠だ。銀細工から視線を外すと、遠い目をする神門。だが、その瞳の奥にちらりと覗けた蒼い、ぞっとする氷点下の炎はなにか。


「……そろそろ到着かぁ。到着したら、俺、〝向こう〟で打ち合わせあるから」


 誤魔化すように出した言葉の裏側に、神門は気づいていたのだろうか。彼から触れられれば斬られそうな気配が失せ、朴訥さから来るのであろう無表情に立ち戻っていた。


「……整備でもしておこう」

「よろしく!」


 ルードは、安堵に嘆息している自分に気がつかなかった。何処か危うい雰囲気を隠し持つ護衛の少年。だが、腕前は本物だ。契約前の試験では、涼しい顔で全てにおいて完璧な成績を叩き出し、確かに特殊部隊出身との触れ込みも頷けた。これほどの逸材は探そうとしてもそうそう見つからぬ以上、些末な部分には目を瞑らねばならない。


 大戦が終わりを迎え、多かれ少なかれ誰も彼もが何処かに傷を負っている。隠していることも当然あるだろう。せいぜい、彼が着火するような出来事が無いよう、ルードは信じてもいない神に祈っていた。

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