接見

 二日後。偶然にも近い星系に滞在していたという龍神神門たつがみみかどと落ち合うため、ルードは噴水のある広場に佇んでいた。結局、神門と名乗る人物は自身の顔写真などの情報を寄越さなかったが、マーセナルカウトサービスに登録しているフリーの傭兵ともなれば、それなりの過去を持っている。実際に、依頼の受注に影響するとしても、開示情報を制限している者も少なくない。彼――神門もその手合いなのだろう。


 真夏の日差しが惑星潜りサルベージャーの少年の額に汗を光らせる。いくらテラフォーミングされているとはいえ、それは銀河人類にとって完全な快適さを保証させるものではない。むしろ、銀河人類の始まりの惑星と同様、ある程度の不便さは惑星の特色として残されている。惑星コルリウスの都市、このカリスルの季節は、夏、灼熱の夏、秋の三季が存在し、今は夏から灼熱の夏へと移りゆこうとしていた。


 額に滲む汗を拭きつつ、灼熱の太陽に炙られた風に顔を顰める。暑い季節は嫌いだ。いつかの、迸るマグマの海の惑星でワイヤーが切れて、あわや消し炭になりかけた仕事を思い出す。EMP’sの隔壁を伝播してくる、肌を沸騰させようと紅く燃え滾る熱。視界が黒い靄に包まれていき、次第に己の身体の在り処を忘れていく恐怖。すんでのところで救助が間に合ったものの、彼の肌は豪熱の残滓として赤く爛れていた。旧時代では致命に至っていたであろうが、幸いにも現代の医療技術は彼を黄泉の縁で引き戻してくれた。今では、その名残りも消え失せてはいたが、その灼熱の記憶はいまだに彼の脳を炙り続けている。


「もっと涼しいところで待ち合わせるんだったかな……」


 独りちて、噴き出した水の芸術を眺めるルード。噴水の水が光を浴びて虹色に輝き、空の光景を波紋映しに切り取っている。一瞬一瞬に開花する虹色の輝き――透明な水が絶えず空に踊る水景は潤沢な水資源が存在している証拠であり、宇宙コロニーなどの人工天体ではなかなかお目にかかれない。それに、銀河を二分するエクシオル連合とクラウジアル連盟共に主星はすでに、人工物で覆われて実質人工天体化している。噴水などの嗜好的施設は、肥沃な大地を持つ植民惑星ならではだ。


「…………」


 飛沫しぶきを浴びて幾重もの波紋を逆しまの世界に刻む様を見つめていると、不意に影が差してきた。人型に切り取られた影に、ルードは約束の相手の到着を知り、顔を上げた。


 逆光で影を濃くした相手は、だる日差しに感光された視界には黒く染まりすぎていたものの、彼の予想を裏切っていた事実だけは見て取れる。


 ――若い。


 ルードとて惑星潜りサルベージャーとしてはかなり若いのだが、相手も負けず劣らずといったところだ。とても特殊部隊や巨大猛獣蔓延る惑星での戦闘経験を持つ者とは思えぬほどに……。


「えっと、龍神神門さん、ですか」

「……ええ」


 想像よりも低めの声。


 灼けた視界が色を取り戻してくるごとに、影法師が鮮明さと色を象どっていく。黒い髪、黒い瞳、相貌の造り……純粋な秋津人の少年だ。ルードよりは歳上と見えるが、それでも二十歳には満たぬのはわかる。脳内チップを走らせ、彼の服装をそれぞれ精査していく。


 立て襟のセミダブルライダースジャケット型の暗灰色の軍服は、あらゆる機動兵器の操縦に対応したマルチライダー仕様。履いている黒いカーゴパンツもライディングに適したもので、所謂箔をつけるといった外連とは無縁な人柄と察せられた。帯びた刀は最も美しい刀剣の一つと称される秋津刀。使い込まれて艶も無くした拵えだが、却って峻烈な死線を掻い潜った歴戦を思わせる趣があった。


 どうやら、経歴に嘘はないらしく、幾種もの機動兵器への搭乗を見越した出で立ちはなるほど、年齢こそ若いがライダーとしての心構えをよく弁えているらしい。


「俺はルード。よろしく」

「よろしく」


 手を差し伸べて握手する。どうやら寡黙な質のようで、握手に応じはしたものの、愛想笑いの一つも浮かべない不器用さが感じ取られた。しかし、自分と契約しようとコンタクトしてきた惑星潜りサルベージャーが、十代前半の少年であることについて感慨がないのか、驚きの感情を少なくとも相貌には顕さない。


「じゃあ、仕事の話をしようか。あ、惑星潜りサルベージャーっぽいタメ口でごめん。あんまり敬語とか慣れてなくて」

「……別に気にしていない」

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