護衛

「おっしゃーーー! こんな大仕事が待っているとは……! 正直、の仕事値切られた分なんか目じゃない金額じゃないか!」


 セルジオの屋敷から立ち去ったルードは、周りから向けられる奇異に対する眼も気に留めず、大声で我が世の春を謳う。何より、惑星潜りサルベージャーは大口の契約が評価の基準となっている。ここまでの契約となれば、成功報酬は額面だけではない。顧客の金銭面の問題もあるが、基本的に金額は依頼の成功難度と比例する。となれば、成功は惑星潜りサルベージャーとしての名声も付随し――ルードのキャリアに綺羅星の如き勲章を飾るのだ。惑星潜りサルベージャーとしての経験は年齢不相応とはいえ、中身は十代の少年ともなれば浮かれるのもむべなるかな。


「出発は一週間後……何が必要かリストアップしなきゃだね」


 まず、データをもとに装備を整える必要がある。それに、なんといっても護衛の手配だ。


 今回の仕事は、完全に地表部分の様子が不明だ。危険な生物に襲撃される可能性も否定できない。実際に、ルード自身も大気を泳ぐ巨大なふかの如き生物にあわや丸呑みにされかけた経験があった。


 危険な現地生物が存在する可能性がある場合、惑星潜りサルベージャーは護衛を雇うのが一般的だ。無論、惑星潜りサルベージャーが自身の護衛を兼ねている例もあるが、降下中は言うに及ばず資源を回収時などは完全に無防備となる。ルード自身も腕に覚えがないわけではなかったが、それでも兵士せんもんかには敵わない。


 少々散財する悪癖はあるが、生命の勘定にかけても出費を惜しまない点は、惑星潜りサルベージャーとして大成するには非常に重要な点でもあった。今まで将来有望とされた惑星潜りサルベージャーの卵が、過信と楽観でどれだけの生命を大気圏で燃え尽きさせたか……。


 生命知らずと形容される惑星潜りサルベージャーではあるが、生還に比重を置きすぎているきらいすらあるルードは、心無い物によって影で臆病者と自分が呼ばれている事実を知っていた。しかし、そう言って、生命を落とした者も覚えがある彼にとって、生存するために金を積むことはなんら恥じるところはない。実際に、個々人で比重の差はあれど、一流ほど生き延びるために細心の注意を払っているのだから。


 惑星潜りサルベージャーの少年は、広場のベンチに座ると、空を仰いだ。白い雲と青い空……。テラフォーミングが完了して、まだ一世紀ほどの歴史しか持たぬ惑星クリサリスだが、爽やかな風は今も環境調整塵級機械ナノマシンが大気や大地に溶け込んで、人類に最適な大気組成を維持している証左であった。


 心地よい風を浴びながら、ルードはマーセナルカウトサービスと呼ばれる、フリーの傭兵が登録する電光空間グリッドスペースへと没入した。そこは、数々の傭兵が己の戦歴や特殊技能などを登録し、報酬の希望額と共に顧客を募っている。身長や体重は言うに及ばず、電算空間上で正確に再現された化身アバターが立ち並ぶ様は、さながら林立する彫像の如く。


 今回の仕事では、贅沢を言うのならばEMP’s搭乗の経験があり、他の搭乗用機動兵器も扱える人材である。だが、実際、EMP’sの搭乗経験がある者はかなり限られる。そもそも、最近では惑星潜りサルベージャーでさえEMP’sに乗らない者がいるのだ。戦いの道具ではないEMP’sを扱える者など、惑星潜りサルベージャー上がりが殆どだが、そういった連中はなまじ経験があるため、積み込む資源の内容を見て値を吊り上げてくる可能性が非常に高い上、そもそも護衛としては心許ない一面がある。


 そのようなことを思いながら、電算の沃野で検索をかけていく。MB、機兵などの騎乗兵器の扱いに長けている者はいるものの、やはりEMP’sの経験者はかなり少なかった。条件を何度も変えて、候補を見繕っていくも眼鏡に適う者は顕れない。


「いっそのこと、生身ニュートラルボディも可にするか」


 ここで、ルードは幾多の検索で絶対条件のように紐づけていた〝義体〟や〝脳内チップ〟等の、所謂広義のそれを含めた機化ハードブーステッドを除外した。もっとも、義体化はともかく脳内チップ処置を施していない者は、現在の銀河では圧倒的な少数派である。


 脳内チップや電光空間グリッドスペースに代表される、銀河人類が生み出した技術――複製人クローン人体模倣絡繰人形マシンナリフィギュア被造子デザイナーズチャイルド塵級機械ナノマシン惑星破壊兵器プラネットデストロイヤー生物兵器バイオウェポン……。旧時代では想像の産物以上の存在ではなかった彼らだが、技術として確立された現在では、人類に薫陶を与えはするものの、一方で表面下から危険性が世界中のいたるところで厄災の種子となって芽吹くときを待っている。しかし、人類が銀河の海を渡って幾星霜、今や人類は生まれ持った身体ニュートラルボディでは肉体的或いは情報的に生きることが困難となっている事実があった。


 生身ニュートラルボディにこだわり、機化ハードブーステッドを拒み続ける者も一定数は存在するも、完全に趨勢は機化ハードブーステッドにあった。片や脆弱な肉体に拘泥する儚い愚者、片や生まれ持った肉体を切開して無機物につながる愚者……。両者の意識は見えない国境となって、いつまでも〝冷たい戦争〟を演じ続けていた。


「あれ?」


 検索条件で一件追加されている事実に惑星潜りサルベージャーは眼を瞠る。実のところ、期待していたわけではない。前述の通り、脳内チップすら否む生身ニュートラルボディなど、このような業界では絶滅危惧種に等しい存在だ。兵器との直結リンクさえできぬ者が生き延びられるほど、傭兵稼業は長閑な業界ではない。逆説的に言えば、それを補って余りある能力を持っているということだ。


 くだんの人物を表示させる。流石に脳内チップの情報が皆無となれば、3D表示されるべき化身アバター像も顔のない男ジョン・ドゥ扱いとなり、のっぺらぼうの影法師として表示されていた。なるほど、電算の沃野では確かに〝存在しない者ゴースト〟であることは間違いない。


「……龍神神門たつがみみかど?」


 電光空間グリッドスペース上では〝存在しない者ゴースト〟とはいえ、実空間リアルワールドでは実在する人物だ。ウィンドウに表示された名前と身体データ、それに経歴を斜め読む。主だった機動兵器の搭乗経験を持ち合わせている。それもそのはず、部隊名は秘匿されているが機動兵器系特殊部隊出身、更にバラージ王国でのキャリアもあるらしい。バラージ王国、その唯一の軍事組織である王立防衛隊では外人部隊の詳細が秘匿されており、本来はキャリアとして飾るほどの華でないのだが、これの意味するところは別にある。


 バラージ王国の存在する惑星バラージには荒獣と呼ばれる大型猛獣が棲息している。この大型猛獣、身体能力は言うに及ばず、権能と呼ばれる魔術めいた現象を引き起こす能力を持ち、秘めたる戦闘力は単純には測れない。そんな規格外生物が犇めく惑星において、王立防衛隊に所属するということは、すなわち王都なわばりを護るために荒獣と鎬を削ると同義だった。


 つまりは、惑星潜りサルベージャーの少年が求めていた、EMP’sの搭乗経験と現地生物との戦闘の経験を併せ持つ稀有な人物ということ他ならない。


「問題は一週間後に仕事ができるような状態なのか、だけど……とりあえず、コンタクトを取ってみるか」


 少なくとも、脳内チップ未処置者というハンデはあるものの、求めていた条件に恐ろしいほどに合致する人材だ。善は急げとばかりに、ルードは連絡先に通信コールした。


 龍神神門……。結社が目論む計画の中枢を担っている少年が、ルードの眼鏡に適ったのは偶然か蓋然か――。運命はただ巡りゆく時勢を眺めるのみ。

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