同期

「では、脳内チップのデータ同期をお願いしても?」

「わかりました」


 返事から一拍置いて、ルードの視界の右端に半透明の通知ウィンドウが表示された。脳内チップが視覚野にアクセスして、虚構の光学情報を上乗せしているのだ。肉体の改造を忌避する者を除いて、脳内チップによる拡張現実は一般化している。特に、脳内チップに慣れ親しんだ世代ともあれば、拡張されていない現実ヽヽヽヽヽヽヽヽの方が違和感を覚えるほどである。


 ウィンドウが問う、データ同期の是非に了承を返すと、圧縮データファイルが転送されてきた。ファイルの解凍をすると、はじめに灰色の惑星が写った写真が顕れる。惑星には大斑点が存在し、それを中心に渦を巻いているような形状だ。惑星潜りサルベージャーであるルードも預かり知らぬ惑星だ。


「この惑星ほしは?」

「惑星イラストリアス4。イラストリアス星系の第四惑星です」

「イラストリアス星系……聞いたことないな」


 すでに宇宙に版図を広げている銀河人類であるが、すべての星を正確に精査しているわけではない。人類居住可能惑星、またはテラフォーミング可能惑星が第一優先となり、次にサルベージ可能惑星といった順序で惑星調査が行われる。無論、相手が広漠たる大宇宙ともなれば、未発見惑星も数知れず存在しており、数年に一度は新たな星が発見されているほどである。


「最近発見された新星系ですから。このイラストリアス4ですが、重力は人類に適していると推察されているのですが……」


 アリアステラの声を聞きながらも、ルードはデータを読み込んでいる。灰色の金属製の雲が特殊な信号を発しているらしく、外部からの観測を拒んでいるため 地表の様子も大気組成も不明。一度、無人調査団が派遣されるも……。


「第一次から第四次調査団、すべて大気圏突入後は音沙汰なし……」

「理由があります。この灰色に渦巻いている雲ですが、巨大な塵級機械群ナノマシン・コロニーで構成されています」

塵級機械ナノマシンの雲……。まさか、蠱毒を試した奴がいたってことですか?」


 塵級機械ナノマシンに覆われた惑星……グレイ・グー――塵級機械ナノマシンの進化がもたらす終着駅。特に蠱毒と呼ばれる運用法は、塵級機械ナノマシンを喰い合わせて進化を促進させるが、情報的損傷バグの発生も著しく、グレイ・グーに至る可能性が極めて高いため、プラメテルダ銀河で禁術として認識されている。とはいえ、少なくとも、記録上は銀河人類はグレイ・グーを発生した過去はなかったのだが……。


「いえ。発見時の状況や航路上等の様々な要素から考えて、先進文明によるものかと。目的は今となってはわかりませんが、この塵級機械雲ナノマシン・クラウドは大気圏を突入した調査艇を分解する性質を持っているようです。隕石などの高速で迫る物体に対する防御機構かとは思いますが、そのために調査が行えない現状です」


 解析図が表示され、球体状の物体が表示された。塵級機械ナノマシンのモデル図だろう。大気圏突入する物体を分解するような性質を持つ塵級機械ナノマシンを一体どうやって採取したのかは不明だが、表示されたデータからは確かに高速の物体に対しての攻性防御――分解の本能プログラムが刷り込まれているようだ。だが……。


「でも、高速の物体を塵級機械ナノマシンとはいえ、雲程度で分解できるのかな? 分厚い雲だとしても、流石に耐熱処理された調査艇を完全に分解するのは不可能だと思うけど……」

「♪~」


 惑星潜りサルベージャーの疑問に感嘆の口笛を吹いたのはジラだ。


「流石ですね、ルードさん。塵級機械ナノマシンのサンプルで判明したのですが、高速で接近する物体を検知すると、この塵級機械ナノマシンは速度に応じてお互いに寄り添っていきます。ここから察しますと、隕石などの物体を完全に分解できるよう、塵級機械雲ナノマシン・クラウドは高速接近体に対して、厚みを増やしていると考えられますね」


「なるほど。で、惑星潜りサルベージャーの降下速度なら、塵級機械ナノマシンの侵食を受けなくて済む……ということですか」


 アリアステラが首肯する。通常の大気圏突入が敵わないとなれば、なるほど確かに惑星潜りサルベージャーに依頼する必要性はあるだろう。


「でもね、アリアステラさん。生命知らずの惑星潜りサルベージャーとか言われていても、流石にこの条件でのサルベージは難しいよ。相手が塵級機械ナノマシンだし、分解されない保証が無さすぎる」


 金額面の交渉こそしていないものの、実入りが良さそうなのは事実なのだろう。しかし、肝心なのは、生命を落としてはその契約金を受け取れないという点だ。危険リスクを冒すことと無謀は異なる。生命の算段が成立せぬことには危険など冒しようがない。


 しかし、アリアステラもルードの主張は当然と認識していたらしく、冒すに足る危険であることを説明する。


「実は、この大斑点の中心――実際に、この塵級機械雲ナノマシン・クラウドに当たります。というからには、当然ですが塵級機械雲ナノマシン・クラウドは他に比べて薄くなっています。何故、が存在しているのかは定かではありませんが、これが先進文明の狙いであるのだとすると、ここは惑星地表への通路だったのかもしれません」


 彼女の言を裏付けるデータが表示された。額面通りに受け取るのは危険と判断したルード自身も宇宙艇の電脳を経由して計算させたところ、確かにデータに狂いはない。お誂え向きとさえ言えるほどに暴喰の雲の厚みは失せ、これならば降下が可能であると判断できそうだ。


「つまり、このを正確に、それもゆっくりと潜行するために惑星潜りサルベージャーが必要というわけですか」

「ええ。金額としては、こちらが提示額です。二割が着手金、残り八割は実際のお仕事が終わりましたらクレジットに振り込みます。もちろん、必要経費は都度仰っていただいて結構です。協会が妥当であると判断するものについては、間違いなくお支払いいたします」


 そして、脳内チップ通信で提示された金額は、ルードの半年分~一年分の収入に相当する額だった。もちろん、相場の金額を超えているどころか、数倍単位の提示額である。


「こ、こんなにもらっていいんですか?」

「ええ。未知の惑星でのサルベージになりますから。危険手当を考えますと、この金額は正当な報酬と考えます。もちろん、それだけこの事業に対する我々の重要度をご理解いただけたかと存じます」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る