依頼

「まだかな、セルジオさん」

「お前、せっかちすぎカモ」


 翌日。意気揚々とセルジオのもとへと訪れたルードだが、クライアントはまだ姿を顕していなかった。もっとも、少年は一時間も前からセルジオを訪問しており、約束の時間は訪れていないのだが……。


 来客を告げるベルが鳴る。古式なベルはセルジオがある惑星で見つけた遺物であるらしい。人の人生よりも永きに渡って形を保ってきたベルは、その幾星霜の風月を感じさせぬほどに可憐な音色を奏でていた。


「……クライアントがご到着したようカモ」


 セルジオの執務室の扉が開かれる。室内にあった気配に孕んでいた何かしらの成分が払われた。どこか、湿度が消えたかのような、違和を覚える何かが……。


 室内に入ってきたのは、三名。先頭の矮軀は少女のものだ。ルードよりは少しだけ歳を長じた印象のある――十代半ばから後半の年頃の少女は、綺羅びやかな輝きを込めた栗色の髪をシニヨンで纏めていた。肢体を飾る黒い旗袍チーパオはモード調の強いもので、腰から伸びた幾本もの飾り紐が滑らかな脚に絡み流れている。なるほど、衣裳からも相当な上客であることが伺える。しかし、少年にとっては、それどころではなかった。


 清楚さの中に、どこか艶冶の色を滲ませている少女に、ルードは少し惚けてしまったが、その後に続いてきた二人の気配に顔を引き締めた。


 二人目は、どこか道化めいた笑みを浮かべた少年だ。これも、ルードよりも歳上と思われる。うねった金髪が逆さに流れ、相貌には傲慢さと裏付けられた自信が貼り付いていた。ラフな服装ストリートスタイル遮光器型の黒眼鏡スリットレンズ・サングラスは、近年流行しつつあるサイバーストリートスタイルの基本形だ。ジャケットには実際の用は成さない意匠デザイン化された端子が誂えられていた。


 そして、最後の一人は華央系と思われる顔立ちの男だ。黒い瞳、それに黒い髪と顔の彫りは秋津人に親しい華央人の特徴だが、眼前の男は瞳の色が異なる。蒼い瞳は、別の血統が流れている証左であるのだが、銀河人類で純血人種は減少している傾向があるため、珍しくはない。だが、瞳の中に眠る、氷点下で煌めく電撃の瞬きに気づく者がいるのかどうか――。実際、ルードはそれを見逃していた。


「あなたが我々の依頼を受けてくださる……ルードさんですか?」


 少女が惑星潜りサルベージャーへと手を伸ばすも、彼は戸惑っていた。眼前の少女と、二人の男の印象が結びつかない。護衛にしても、令嬢を守護しているようにはとても思えず、かといっていわゆる〝特別な関係〟を疑ってみたとしても特有の甘さもなく、互いに必要以上には踏み入れない不可侵の部分があるように感じるのだ。


「あ、ええ。そうです」

「わたくしはアリアステラと申します。宜しくお願いしますね」


 正面で立つと緋色の瞳が浮いて見えるのは、彼女の中で唯一違和を覚える部分であるからか。しかし、むしろそれは、両腕を失った女人像が持つ〝欠けた美〟が如く、悩ましく抗い難い誘引力を放っており、惑星潜りサルベージャーは制御不能の熱に顔が冒されている己に気がついた。


「よ、よろしく……」


 アリアステラの整った手は、岩に似た惑星潜りサルベージャーの手とは違い、滑らかで柔らかい。握った途端に、気恥ずかしさと壊してしまいそうな印象から、少年は反射的に手を引き戻しそうになり……だが、それは叶わなかった。彼自身、舞い上がっていたことから気づいていなかったが、少女の握力は優しく――ルードの手を固定していた。そう、彼は知る由もないことだが、これこそ彼女が尋常の人ではない何よりの証だった。


「では、まずはお仕事のお話をしましょうか。セルジオさん、こちらでお話を続けても?」

「好きにしていいカモ。飲み物を持ってこさせるから、そこの応接スペースを使うといいカモ」


 惑星潜りサルベージャーの少年は声こそ出さなかったが、心底驚いていた。以前の仕事の依頼からこっち、早く帰れと言わんばかりに何も供しないほどの守銭奴振りを見せていたセルジオが、まさか他人の契約に部屋を貸し、あまつさえ飲み物など……。それほどの上客である証拠ではあるのだろうが、流石に驚きは隠せない。


「なんカモ? 鉄砲鳩が豆を食ったような顔をしてカモに」

「い、いいえ。なんでも」

「では、お言葉に甘えましょう」


 笑みをこぼしたアリアステラからは凄艶のほどが少々欠けたものの、それを補って余りある、歳相応の楚々なる趣があった。


 栗色の髪の少女のまばゆさに顔をそむけて、応接スペースへと向かおうとしたルードだったが、突如、金髪の少年が動いたのを視界の端で捉えた。そこに剣呑な臭いを嗅ぎ取った惑星潜りサルベージャーの身体は、懐に携帯していた護身用のメイサー鴛鴦鉞えんおうえつを構えていた。光刃が室内の埃に触れるたびに蒸発し、焦げた音と臭いが大気に揺れる。


 黒い艶消し処理が行われたメイサー鴛鴦鉞えんおうえつ鴛鴦鉞えんおうえつとしての機能も然ることながら、光線銃レイガンとしての機能も兼ね備えている。この、衝動買いしたメイサー鴛鴦鉞えんおうえつは高額だったものの、幾多の危機から惑星潜りサルベージャーを救ってきた。惑星潜りサルベージャー稼業も一から十までEMP’sに乗り込んで行うものではない。安全なヽヽヽEMP’sから降りての調査時に、原生生物と接触する際には多少労力を伴うヽヽヽヽヽ交渉もある。


 惑星潜りサルベージャーが勘の冴えに従って構えた鴛鴦鉞えんおうえつの銃口を金髪の少年に向けると、彼は片眉を上げて「へぇ……」と息を漏らした。彼は火薬式拳銃を構えており、自身の額にも一歩間違えると生命を奪いかねない光線銃レイガンの銃口が据えられているとは思えぬ、余裕の笑みを些かも崩していない。これを豪胆と称すべきなのか、認識力の欠如と呼ぶのかは評価する者の判断に委ねられるだろう。


「ジラ! 貴方、何をしているのですか!」


 彼女にとってもこの行動は予期せぬ出来事だったとみえ、柳眉を逆立てたアリアステラが叱するも、ジラと呼ばれた当の本人は何処吹く風だ。


「試さなきゃ駄目だろ? このガキが本当に仕事ができるのかどうか」


 悪びれもなくさえずるジラ。嗜虐的な勘定に裏打ちされた笑顔は、遮光器型黒眼鏡スリット・サングラスの無機質さも相俟って二律背反的な、いっそグロテスクと言えるような不気味さが存在していた。


「誰がガキだ、俺はルードだ!」


 己を奮い立たせるように惑星潜りサルベージャーの少年は叫んだ。惑星潜りサルベージャーとしての腕前は、トップ集団にも負けていないと自負している。顔立ちは整っているというのに、いっそ気味の悪いとさえ言える金髪の少年の真意は見えぬが、ここで退いては今回の仕事どころの話ではない。今後、脅されて逃げ帰った負け犬など後ろ指を指されては、惑星潜りサルベージャーとしてのルードは死に絶える。それを理解しているからこそ、少年は相手の方がこういった事態に慣れているであろうと朧気ながら察していながらも、ジラへ虚勢を張る。


「背伸びしてるようだけど、張りぼての勇気は透けて見えてるよ?」

「うっさい、黙れ!」

「……ふぅん。ちょっと遊んでやろうかなヽヽヽヽヽヽヽヽ?」


 背筋を冷たい刃で切開されたが如き感覚。切れ味の熱さえも奪われ、身の内にまで入り込む冷気に、惑星潜りサルベージャーの少年の肌は粟立った。


「やめろ」


 酷薄なまでの声の主は、先程から沈黙を保っていた男だ。いつの間にか、ジラの背後を取っている。ルードからは見えなかったが、男の拳は金髪の少年の背なに添えられていた。


「……狼我ランウォ。事を荒立てるつもりかい?」

「お前がそうしたいのならな……」


 抑えられた男の声色は――ルードに味方してではないようだが――ことと次第によっては武力を伴う交渉を行う構えであるらしい。


「ジラ……やめなさい」


 アリアステラもまた、喜悦の笑みを貼り付けた少年を睨んでいる。怒りの顔も彼女の美しさを損なうことはなかったが、整いすぎた表情により、怒りのほどは外見からは不透明となっていた。


「いや、待つカモ! 物を壊されてはたまらんカモ! 争うなら外にしてカモ!」


 部屋や調度品を台無しにされたくない守銭奴が、実にらしいヽヽヽ理由から異を唱える。その、ある種状況を捉えない緊迫感のなさが功を奏したか、ジラから放たれていた威圧が弛んだ。


「まあ、危機に対する勘所は悪くないようだから、使えなくもないかもね」

「…………」


 やおら拳銃を懐に仕舞うジラの様子を見て取って、狼我ランウォもまた拳を収める。何事もなかったと言わんばかりに、狼我ランウォは涼しい顔をし、ジラの顔には薄ら笑いが貼り付いたままだ。先程の、ともすれば生命を奪い合いを予感させる危険なやり取りなど、もとより存在していなかったの如くで……。


「申し訳ございません、ルードさん。不愉快な思いをさせてしまいました」


 丁寧に頭を下げるアリアステラだが、ルードも彼女に対しては悪感情を持っていない。持っているのは、ジラという薄ら笑いを絶やさない少年だけだ。


「いえ、アリアステラさんの所為じゃありませんから」

「そうそう、僕の所為だからねぇ」


 再度、感情を逆撫でする一言を放つジラだが、惑星潜りサルベージャーの少年もすでに彼の性質はなんとなく察し、相手をするだけ無駄だという結論に達していた。完全にいない者として扱われた事実に、ジラはつまらなそうに鼻を鳴らす。


「気を取り直して、仕事の話にしましょう」


 自分の事務所ではないものの、応接用の椅子へとアリアステラを誘えば、少女は申し訳なさ気な笑みを浮かべた。その、憂いの成分を少々含ませた微笑は、男の胸を打つには充分すぎる。


「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」


 椅子に腰を下ろす様もまた、市井の女性ではそうそう見られない美しい所作であり、彼女が富裕層の出であることが察せられた。

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