光却
査察官としてのメルドリッサの部屋に通された
「……龍神神門の神化の促進。だが、その理由では己が招かれた理由がわからぬのだが」
白い人狼は表情が見えぬ文字通りの鉄面皮であったが、解せぬという彼の感情は声に込められた響きから察せられた。
今回の狙いは龍神神門――玄天君の神域への深化を促すというものだが、それだけであればジラのみで事足りるはずである。であるというのに、ジラとの一触即発の危険まで冒してまで、
「無論、それだけではない。実のところ、すでに神門卿の向かう先は掴んでいる。我らが呼ぶところの〝塔の惑星〟を目指している」
「……〝塔の惑星〟だと? 確か、そこは……。得心がいった」
メルドリッサの言う〝塔の惑星〟という言葉が意味するところを察した人狼は、納得の唸り声をこぼした。なるほど、かの〝塔の惑星〟であるならば、確かに
「へぇ。〝塔の惑星〟ってことは、僕の〝光却のサウゼンタイル〟を超える
ジラにとっての〝塔の惑星〟は、白い人狼の思うところと異なっているらしく、瞳を
「メルドリッサ査察官。まさか、僕が新たな
自らの主といえるメルドリッサに対して殺気立ったジラは、意にそぐわぬ答えを返した途端、呀を剥くつもりだろうか。そんな悪魔の姿を見た
「別に止める気はないさ。ただ、任務だけは確実にこなしてくれよ?」
「フン。ただし、龍神神門がもし僕と戦うことになって……敗北したのなら、確実に
空調の仄かな、一枚の紙さえも動かすこともできぬほどの風しか生まぬ室内で、ざわざわと
「……不敬な」
吸血鬼の麗しい少女が柳眉を逆立てようとした時、彼女の支配者がやにわに口を開いた。
「好きにしたまえ」
春風が吹雪を一掃したと例えればよいのか、先程まで低温と重圧に息さえ困難さを覚えるほどの気配が、燦々と降り注ぐ太陽に清められたのだ。血色の瞳を持つ吸血鬼の王が、穏やかな口調だけでジラの放つ
だが、その発言には矛盾が生じていた。相克の儀の場には龍神神門の存在が不可欠だというのに、その人物の殺害をはっきりと示唆したジラを咎めるどころか、美鬼はこともなげに彼の自由意志に任せたのだ。あまりに明瞭かつ自然な回答は、相克の儀が成り立たぬ危険性に気がつかぬかのようで……。
「上等。じゃあ、行きますよ」
一番聞きたかった答えを聞いたジラは、もう話すことはないといった様子で踵を返す。本気でそう思っていたとみえ、彼が退室した証として自動扉の圧搾空気が噴出する音色が響いた。
「
「……承知した」
白い人狼は吸血鬼の王の言葉に従い、悪魔の申し子の後を追って、部屋を出ていった。部屋に残ったのは、二人の吸血鬼。どちらも優雅に支えられた美貌の持ち主だが、少女は相貌に憂いを潤ませている。その表情は少女の儚い美しさによく映え、えも言われぬ悩ましさを与えていた。
「メルドリッサ様、わたくしは不安です。彼は本当に任務を理解しているのでしょうか」
当然と言えば当然の問いだ。肥大した龍神神門への憎悪は、ジラ・ハドゥを制御不能の暴走寸前にまで追いやっている。龍神神門、それに氷月虎狛。両名と同じ
「
逸脱者としての姿――〝光却のサウゼンタイル〟を顕したジラ。MB戦でも軍配が上がり、そして存在としての優位性を見せつけたはずの彼だが……。龍神神門の持つ機神が覚醒め、まさに鎧袖一触、
「あの憎悪を満たすためだけに、彼を殺害したとしたら……メルドリッサ様に大きな害をもたらします」
「そんなことはありえないさ」
硬い口調のアリアステラに、王はあくまで朗らかに答える。そこに含まれていたのは決して揺るがぬ絶対的な自信と……己が予見している未来への確信だ。
「神門卿は死なない。〝その時〟が訪れるまでは……」
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