光却

 査察官としてのメルドリッサの部屋に通された狼我ランウォとジラ・ハドゥは、アリアステラから今回揃って召喚された理由を聞いていた。


「……龍神神門の神化の促進。だが、その理由では己が招かれた理由がわからぬのだが」


 白い人狼は表情が見えぬ文字通りの鉄面皮であったが、解せぬという彼の感情は声に込められた響きから察せられた。


 今回の狙いは龍神神門――玄天君の神域への深化を促すというものだが、それだけであればジラのみで事足りるはずである。であるというのに、ジラとの一触即発の危険まで冒してまで、狼我ランウォを必要としている理由は何故か。


「無論、それだけではない。実のところ、すでに神門卿の向かう先は掴んでいる。我らが呼ぶところの〝塔の惑星〟を目指している」

「……〝塔の惑星〟だと? 確か、そこは……。得心がいった」


 メルドリッサの言う〝塔の惑星〟という言葉が意味するところを察した人狼は、納得の唸り声をこぼした。なるほど、かの〝塔の惑星〟であるならば、確かに狼我ランウォが必要とされるだろう。


「へぇ。〝塔の惑星〟ってことは、僕の〝光却のサウゼンタイル〟を超える肉叢ししむらがいるかもね」


 ジラにとっての〝塔の惑星〟は、白い人狼の思うところと異なっているらしく、瞳を赫々かくかくと燃えたぎらせて不遜な笑みを浮かべる。悪魔の申し子のこの暴力的気配の濃い期待の正体はなにか。


「メルドリッサ査察官。まさか、僕が新たな肉叢ししむらを手に入れることを、まさか止めはしないでしょうね?」


 自らの主といえるメルドリッサに対して殺気立ったジラは、意にそぐわぬ答えを返した途端、呀を剥くつもりだろうか。そんな悪魔の姿を見た狼我ランウォは何処か違和感を覚えていた。確かに不遜な少年だったとは記憶しているが、ここまで狂犬めいた男だったろうか。触れる者全てを破壊しかねぬ悪魔の申し子は更なる暴力を糧として、飛翔しようとしている。その貪欲さはかつてには見られなかったものだ。


「別に止める気はないさ。ただ、任務だけは確実にこなしてくれよ?」

「フン。ただし、龍神神門がもし僕と戦うことになって……敗北したのなら、確実にるよ?」


 空調の仄かな、一枚の紙さえも動かすこともできぬほどの風しか生まぬ室内で、ざわざわとおどろに逆立った金髪が蠢いてみえるのは、ジラという少年の龍神神門へ抱く殺意のほどを意味している。適温に調整されているべき室内が、凍る怖気に支配されていくのは、ひとえにジラ・ハドゥの放つ氷点下の気配故だ。異常とさえ言える敵愾心は、敵という敵を思うがままに屠ってきた悪魔の申し子には不釣り合いとさえ映る。


「……不敬な」


 吸血鬼の麗しい少女が柳眉を逆立てようとした時、彼女の支配者がやにわに口を開いた。


「好きにしたまえ」


 春風が吹雪を一掃したと例えればよいのか、先程まで低温と重圧に息さえ困難さを覚えるほどの気配が、燦々と降り注ぐ太陽に清められたのだ。血色の瞳を持つ吸血鬼の王が、穏やかな口調だけでジラの放つ虎虎婆ここばを消し去ったことは、すなわち両者にそれだけの格差が存在する何よりの証左だった。


 だが、その発言には矛盾が生じていた。相克の儀の場には龍神神門の存在が不可欠だというのに、その人物の殺害をはっきりと示唆したジラを咎めるどころか、美鬼はこともなげに彼の自由意志に任せたのだ。あまりに明瞭かつ自然な回答は、相克の儀が成り立たぬ危険性に気がつかぬかのようで……。


「上等。じゃあ、行きますよ」


 一番聞きたかった答えを聞いたジラは、もう話すことはないといった様子で踵を返す。本気でそう思っていたとみえ、彼が退室した証として自動扉の圧搾空気が噴出する音色が響いた。


狼我ランウォ、ジラを頼むよ。彼も、貴公の助けが無ければ〝塔の惑星〟に足を踏み入れることはできないだろうからね」

「……承知した」


 白い人狼は吸血鬼の王の言葉に従い、悪魔の申し子の後を追って、部屋を出ていった。部屋に残ったのは、二人の吸血鬼。どちらも優雅に支えられた美貌の持ち主だが、少女は相貌に憂いを潤ませている。その表情は少女の儚い美しさによく映え、えも言われぬ悩ましさを与えていた。


「メルドリッサ様、わたくしは不安です。彼は本当に任務を理解しているのでしょうか」


 当然と言えば当然の問いだ。肥大した龍神神門への憎悪は、ジラ・ハドゥを制御不能の暴走寸前にまで追いやっている。龍神神門、それに氷月虎狛。両名と同じ舞台ステージに上がれなかった者の、望んでも選ばれなかった者特有の、持てる者への強烈な嫉妬と否定。だが、それだけが今のジラを満たしているわけではない。


飛海フェイハイ塞城の時、どうやら痛くプライドを傷つけられたようだね」


 逸脱者としての姿――〝光却のサウゼンタイル〟を顕したジラ。MB戦でも軍配が上がり、そして存在としての優位性を見せつけたはずの彼だが……。龍神神門の持つ機神が覚醒め、まさに鎧袖一触、立つ舞台ステージの違いを見せつけられたのだ。自らを最強のMBライダーとして、そして最強となり得る逸脱者として認識していたジラにとって、これは耐え難い屈辱であったのは疑う余地もない。


「あの憎悪を満たすためだけに、彼を殺害したとしたら……メルドリッサ様に大きな害をもたらします」

「そんなことはありえないさ」


 硬い口調のアリアステラに、王はあくまで朗らかに答える。そこに含まれていたのは決して揺るがぬ絶対的な自信と……己が予見している未来への確信だ。


「神門卿は死なない。〝その時〟が訪れるまでは……」

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