壊街
ノルトルダイム――。カリアティードの街の一つ。
かつて反映を築いた灰の時代の名残りである時計塔が、時を刻むことを忘れて佇む街である。その向こう、灰色の空の色に霞んだ〝世界柱〟が柱の時代の趨勢を俯瞰している。
石造りの街には、時折、背の高い建築物が頭を突き出しているのだが、これも灰の時代から存在しているものらしい。カリアティードや石像機には建造できぬそれらは、灰色の空に半ば溶けて、頽廃色に染まっていた。
それらの足元には、石造りの――砂色の建築が軒を並べ、柱の時代の主役が与えられた生を謳歌……しているはずだった。
本日未明――。目覚めの兆候こそ確認されていたが、予測より遥かに早く動き出した石像機がノルトルダイムに侵攻、魔の時代からの天敵に狙われたカリアティードたちは逃げ惑うことしかできず、石像機に引き千切られ、喰われ、潰されていく。まさに虐殺という言葉が相応しい。
砂色の煙が濛々と立ち込め、そして巨大な陰翳を映している様は、ノルトルダイムから少し離れた場所を歩く馬車からもよく見え、それに遅れて破壊の怒号も届く。荷車の人がすっぽり入りそうなケース――灰の時代ではバイオリンケースと呼ばれたものだ――の中から、内側の何かが動く音が絶えず聞こえていた。
ケース内から木漏れ出るくぐもった声が御者に向けられる。
「おい、これを開けろ。もう、石像機が動き始めているんだろ。こんなところでいつまでもゆっくりしている暇なんかないはず」
それももっともな話、機械仕掛けの馬に牽かれた馬車の動きはぎこちなく、お世辞にも速いとは言えない。勿論、尋常なカリアティードの速力とは比較にはならぬが、それでもファサードを刻まれたシメールの脚と比べれば……。
「…………」
仲間の危機に対して鈍感なのか、御者を務めるカリアティードは無言のままだ。シメールとの会話を禁じるよう言い含められているのやもしれぬが、ここまで度を越しているとなると、彼女がシメールをカリアティード扱いしていないことは明白である。
「開けろ。開けなさい。こんな鈍足馬よりも私の方が速い」
なおも繰り返される解放を望む声と徹底した無関心。地の震えこそ馬車の震動にかき消されているものの、大気が破壊の焼痕に呻く声は――ケースを通して――耳に届く。あの埋きに紛れて、数々のカリアティードの生命が散っているのだ。
「……駄目。もう待ってらんない」
不意に、ケースを叩く音がやみ、そして――唐突にもたらされた爆裂の炎が馬車の天蓋もろともケースの蓋を吹き飛ばす。噴炎は機械の馬を転倒せしめる勢いで、放り出されたカリアティードが宙空で体勢を立て直している間に……。
「行くわ」
黎い翳が舞った。カリアティードとは思えぬ色は、白い鴉が炎に灼かれて、または煤に塗れた色か。馬車を超える速度で疾駆する翳が小さくなっていくのを、御者は見つめていた。
「…………」
なるほど、〝所長〟の言っていた通りだ。少々反抗的な面を持つが、基本的に彼女は殺されようとするカリアティードを見捨てられない。戦奴となっても、その性質だけは変わっていない――。
「……哀れだな」
誰も聞き咎める者もいない荒野で、白いカリアティードはつぶやいた。そこに含まれていた憐憫の響きは、塵と混じって風に浚われた。
一方、地を奔る〝白い鴉〟。耳元で豪と鳴る大気。通常のカリアティードには到底敵わぬ速度域は、確かにファザードを刻まれたカリアティード――シメールの領域でこそ適う魔速だ。尋常にない膂力を発揮しながら、灰色に染まった空の下、黎い踊り子は舞台へ急ぐ。彼女が踊るは死と嵐の剣舞、征くは砂塵渦巻く死地。そう、カリアティードの血に染まりつつあるノルトルダイムは、今より石像機とシメールの戦舞台となる。
黒煙が舞い上がる。街が燃えている。奔る風の、灰の含有率が次第に高くなってくる。戦場は近い。
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