第三部 白い鴉 [ sefiroth∴ ]hominis ex machina
序章
邂逅
かつて旧い時代があった。塔を築いた灰の時代――。
灰色の空からまた、
薄暗い灰色の空は、碧空を灼いた灰の時代から続くという。いずれ、この灰の空も掃き清められるときが訪れ、また新たな時代の名を持つのだろうか。その頃には、自分は此処から開放されているのだろうか。
いや……余計な希望は持つな。カリアティードは絶えず天から降る。それは、数え切れぬほどの年月で繰り返されてきた、生命の連環と言える地の
自嘲の笑みを浮かべた紫色の瞳の主は、女性だった。煉瓦造りの牢にも廃頽の翳は忍び寄り、欠けた破面が足元で散らばり、鉄格子もところどころに隠しきれぬ錆色を見せている。女性の服装も元は白かったと思われる囚人服だが、すでに埃や経年に由来する沁みとほつれが散見され、お世辞にも清潔な状態とは言い難い。
しかし、彼女自身はというと、独房での生活で艶が若干失せているものの、数理的に整った美しさは未だ健在だった。紫苑の髪と瞳を持つ美女自身の輝きは、頽廃の茶色に染まる囚人服でさえも褪せさせることはない。
牢に入れられてからどれほど経つのか、時間の感覚はなくなっている。
不意に聞こえた、何処からか漏れ出る水滴や時折訪れる忌光性小動物のものとは違う、音自体に意味が含まれた〝声〟に、憂いの視線を外に投げかけていた彼女は瞳を暗い己の棲家へと向けた。
「入れ」
「ちょ……わかったって! 強く押すなよ、もう」
〝若い〟が低めの声。美女より数周期ほど遅れて誕生した個体だろう。しかし、何処か
まだ暗闇に慣れていないのか、
「うわ、ネズミ! いや、そもそもネズミなのかな?」
小動物の蠢く不快感に驚いていたが、彼女も牢に入れられた当初は同様だった。尤も今では慣れたもので、小動物が上がってこられない窓枠が彼女の定位置になっている。
「君、そこの窓枠なら
「え? うわっ、先客がいた……」
「うわっ……って、失礼ね」
新しい同居人は彼女の言に従って、鉄格子を嵌められた窓枠に退避した。どうやら素直な性格の持ち主のようだ。
「まさか先客がいるとは思わなくてね。……そろそろ眼も慣れてきたな。俺はルード。よろしく」
「ルード……ね。久遠よ。よろしく」
これが、一つの時代の終焉を招く邂逅。旧い時代がまた去り、新たな時代が訪れる。物語は此の邂逅から遡ること十数日から幕を開けた。
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