陰謀
サダルメリクの権能は僅かな手がかり足がかりがあれば均衡を収束できる能力だ。彼が超重量武器を利用していたのもここからきている。常人ならば筋力だけではどうにもならない、バランスを意のままに保つ。神州秋津の
そして、今。王宮、謁見の間より落下したサダルメリクは、己に備わった権能を最大限に利用していた。壁面の僅かな凹凸に指をかけ、そして再度落下。次なる凹凸で再び体を支え、落下を繰り返していく。指先が、本来ならばどんなロッククライマーでさえ手がかりにできぬような壁面の凹凸に触れると、それに身体が吊り合いをとれるように権能を発揮。落下高度を巧みに調整することで彼は高度落下の意識喪失と落下死の危険を極力抑えた上で、逃亡を図っている。
確か――一五〇メートル近くの高度からの落下でも助かった例も聞き及んでいるが、今ここで自分の身体の丈夫さを試すわけにもいかない。死線をくぐった末に落下死など如何にも笑えず、助かったところで五体無事で地上に帰還できているとは到底思えない。今は逸る心を抑えて、確実にここを降りる事だ。ともすれば、今すぐ地上まで一気に落下して楽になりたいという
やがて、無傷で着地できると見定めた高度に達し、一気に地上へと落下した。無傷で、とはいえ落下はそれなりの衝撃をもたらし、足が電気を帯びたように痺れ、それは身体の芯を伝って脳天にまで伝播する。
「――グッ!」
奔りだしたい思いをこらえて、まず足の状態を体内に意識を沈めて確かめる。確かに痺れはまだ残っているが、骨や筋肉には影響はそれほどなかったようだ。そのうちに痺れも退いてくるだろう。
顔を上げると、石畳の通路と日光を反射する噴水、整然と立ち並んだ木々が出迎えてくれた。ここは王宮の地上庭園だ。空中庭園ほどの規模ではないが、広い庭園には幸いな事に誰の陰もない。
ここから逃げるのなら、しばらくは人との接触はなかろう。
「よし!」
そう判断すると、後の行動は迅速だった。頭に描いた王宮の地図に逃走経路を書き込み、ぎりぎりの対応能力を維持しつつ駈け出した。ドブル戦の時にカウスが悟してくれていなければ、逸る心に後押しされてここで全力疾走していたかもしれない。面と向かってはなかなか言えない、幼なじみへの礼を心中で言う。サダルメリクは王宮を脱出する。オリヴィー、カウス、神門の身を案じながら……。
柱時計の時を刻む音が響くリビングで。爺さんから告げられた事実は――。
「まさか……」
「『まさか』? 嘘を言うな。お主は最初からそうであろうと頭の片隅で考えていたはずじゃ。それとも、『まさか、本当にそうだったのか?』という『まさか』か?」爺さんは確信を持った眼差しでこちらを見据える。「先王陛下は現王キルシュタインの手によって暗殺されておる」
そう、確かに驚愕と同時に納得もしていた。暗殺された父上――何故、下手人が不明のまま王位継承だけが速やかに執り行われたのか。
「儂は信頼出来る筋から情報を得とる」
爺さんが手元のベルを鳴らすと、家政婦の服装をした奥さんが何枚か綴りの紙の束を持ってきた。
「ここには、キルシュタインが隠蔽した、奴自身が関与した暗殺劇の証拠となる調査結果が記されておる」
「馬鹿な。ありえないよ。当時、第一王位継承者だったキルシュタイン陛下がわざわざ
「王制の排除」
爺さんは、椅子から立ち上がって否定の言葉を吐くカウスを制するように、一言で斬って捨てた。空調が役目を思い出してか、くぐもった音を響かせていくのがうるさく感じるほどの静寂。
「王制を排除されては、キルシュタインは王になることはできぬ。事実、ヴァレンタイン陛下が崩御される日には、陛下から王制排除の議題が上がっていた。そのままでは、国王特権の絶大なる議決権によって、王制は完全撤廃される。ならば、
「う……むう」
得心したのだろうか。カウスは朧げに呻くと、そのまま黙りこんでしまった。
「じゃあ、俺にどうしろって言うんだ?
オリヴェイラの言葉に応えたのは、老人ではなく傍らに座っていた神門だった。座ったまま、ポケットに手を入れて、神門はおもむろに口を開く。
「『
「然り。所詮、キルシュタインに与する雑魚などわざわざ相手をしていられようものか。お主は、キルシュタインの王位継承の瑕疵を足がかりに、正式な王位を奪還するんじゃ!」
「……」
絶句するしかなかった。言葉の代わりに流れだした汗がやけに冷たい。
王位請求者――。老人と神門は王位継承権を剥奪されたオリヴェイラに、キルシュタインの先王暗殺の証拠を盾に王位を請求させようというのだ。
粘つく舌から言葉を吐き出すのは困難を極めた。
「かっ……革命を起こそうっていうのか?」
「革命? 違うな。元ある形に戻すだけじゃ。革新的に近代化への道を走ったバラージじゃが、その実、守るべき価値観を守った保守的な一面もあった。それは、外惑星からの文化を取り入れつつも、必ずしも総てを頼りきらずにバラージ古来の文化も残しておる王宮が証明しておる。
当然じゃろ。そもそもにおいて、長く続いたモノにはそれだけの理由と実績がある。砂漠の惑星には砂漠の惑星ならではの先人たちが培ってきた文化や技術、知識がある。それを一気に捨て去ろうという革命やら維新など、遠からず国を滅ぼす。変えるとあれば、それなりの
かくいう儂も、それを心得ていたはずの先王が、
爺さん――いや、アラカム翁は立ち上がり、オリヴェイラを視線の矢で射るように見据える。そこには老体とは思えぬ熱情が宿っていた。その熱は、砂漠の太陽と並ぶほどに熱くオリヴェイラへと降り注ぐ。
カウスは熱に圧倒されるように押し黙ってオリヴェイラを見守っている。視線が合うと、頷いた。幼なじみの、判断は任せる、と表情に込めた意が以心伝心にわかる。神門は我関せずと言わんばかりの涼しい顔だが、どちらを選んでもオリヴェイラと意志を共にしてくれるだろう。
「どうじゃ? 儂には
「……俺は、」
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