王権

 この中で、最もラリオウス・キルシュタインに正面から抗える戦闘能力を持っているのは、オーデルクローネに乗っている神門かサダルメリクだろう。むしろ、戦闘特性上、正面からしか戦えないと言っていい。神門、サダルメリクは近接戦用の武装しか持ち合わせていない。キルシュタインの広い間合いの中、愚直に懐へとねじり込み、一撃を見舞う他ない。


 オリヴェイラとカウスメディアは援護向けの戦闘能力である以上、どうしても正面からラリオウス・キルシュタインの猛攻を凌ぐ事はできない。彼らの一撃自体の威力はそれほど高いものではない上、装甲板に守られた神門や恵まれた身体能力をもつサダルメリクとは異なり、逆に防御に転じると攻撃を浴びせられた時点で深手を負ってしまう。


 畢竟ひっきょう、接近する神門とサダルメリク、後方から援護攻撃を仕掛けるオリヴェイラとカウスメディアという構図が生まれる。


「…………」

「おおおおおッ!」


 はたして、この戦いでもそれは同様。稲妻の如き鋭角からの切り返しで見るものを幻惑するオーデルクローネとケモノオロシの刀身を盾にして突進するサダルメリク。そのプロセスに違いはあれど、接近を行うという点では同じだ。


 キルシュタインが弓引くように五指を揃えた手をたわめる。揃った五指の先にある鋭い爪が合わさって、ブンディ・ダガーの刃となる。


『シュアッ!』


 キルシュタインの罅割れた気合の吐息。同時に総てを刺し貫く刃の爪がサダルメリクを襲う。複雑な動きで接近する神門よりも汲みやすし、と判断したのだろう。流石のケモノオロシでもこの爪の一刺し――とはいえ、規模で語るならばサダルメリクの身体を分断できるほどの爪だ――の前では、一度は受け止められても二度目は無いだろう。何よりも、一度受ければ、サダルメリクの攻撃手段が潰える。オリヴェイラの銃撃が刺爪を留めようと、暴君竜の腕に突き刺さったものの、意にも介さずにそれは振り下ろされた。


 万事休す、と思われたサダルメリクだったが、動きの予兆があからさまな暴君竜の一撃を既に読んでいた。盾にしていたケモノオロシを騎士の宣誓のように眼前に構えると、暴威と共に迫る爪の表面はだへと刀身を滑らせる。当然、キルシュタインよりも遥かに軽いサダルメリクの身体は弾かれた独楽のように宙に舞うが、それは例えるならば激流にあっても浮き続ける木の葉のそれ。ダンスパートナーに導かれて踊るワルツのそれ。むしろ、それによって彼はキルシュタインの頭上まで一気に飛び上がっていた。


「ドッラァアアラアアッ!」


 超重量剣を振りかぶり、引力に手を引かれてサダルメリクはキルシュタインの頭部に己の覇を刻む。もはや、斬撃や剣撃と呼ぶのもおこがましい。それは発破の炸裂にも匹敵する爆撃だった。一刀両断の祈りは届かなかったものの、鉄塊はキルシュタインの額に大きな傷痕を残したのだ。


『貴様ァァアア!』


 顔面を縦に割る傷から噴き出す塵級機械チャータムの光にあふれた鮮血。激痛故か、それともプライド故か。激昂するキルシュタインの罅割れた声は、もはや人のものではない。着地したサダルメリクを睨めつけるキルシュタインは、今、彼以外が見えていない様子だ。暴竜の闘争本能を取り込んでいるためか、溢れ出る感情に支配されて冷静さが欠片も見えない。


 そして、それを見逃す神門ではない。オリヴェイラの銃弾の援護と共に、一気呵成に攻める。鱗を剥がすように両手のバナイブスの湾曲した切っ先を突き立てて、振りぬく。


『~~~~~ッ!』


 狙い通り、狭間を突いた剣尖に剥がされた鱗片が宙を舞い、キルシュタインが怒りの声を上げた。荒獣の強固な鱗や、皮膚の下を通る血管を曲がった剣尖で引っ掛けて引き千切る。これが、荒獣の棲まう惑星バラージで発達した、バナイブスという剣に込められた武技思想だ。


 神門自身はバナイブスの扱いこそなかったが、銃火器を使用する前のオリヴェイラがバナイブスを扱う様子を眼に入れている。体捌き、剣の描く軌道、そこから導かれる技の方向性……完全とは言えないだろうが理解はしている。いわゆる、見取り稽古という奴だ。秋津刀の扱いとはまた異なるが、刀剣という種類ジャンルでは同様だ。故に応用は利く。秋津刀の剣技とすり合わせて再構成アレンジしたバナイブス剣技で、神門の駆るオーデルクローネはキルシュタインへと猛攻をかける。


 爆斬鉈ばくざんしゃよりも小振りなバナイブスは懐まで到達さえしてしまえば、そこからは最低限のモーメントで最高の加速度を見せる。刹那の内に奔る剣閃がキルシュタインの体躯を散々に傷めつけていく。


「ッ…………」


 集中して狭まった視界の隅で何かが動いた。それを認識すると同時にMBを後退させる。接近時に目をつけていた柱へと腕部に仕掛けられたワイヤーウインチを撃ち込む。ワイヤーウインチの鉤付きの穂先が柱に突き刺さったのを車体から伝わる感触で察すると、ホバーブレイドに一度に出力を与えた。噴気にあおられたように浮上した車体が、ウインチを巻き取っていくベクトルに導かれ、後方へと流される。一瞬遅れて、脚部を震源とした揺れが車体を襲う。衝撃の正体は脚元をかすった、キルシュタインの牙歯だ。簡略化された車体図の左脚の先が表示されていない。動作系の不慮ではない。完全に反応が無い証拠だ。見れば、寸前で分かたれた未来線の向こうの神門がいた空間が床面ごと喪失している。あの顎門あぎとは、建築物の一部すら奪い取るほどにかつえているというのか。


 キルシュタインの間合いの外まで一息に後退し、カメラアイで直接脚部を確認すると車体図が示す通りに、左脚の先がすっぱりと刃物で斬られたようにきれいな切れ口をさらしている。面倒な事態だ。均衡が乱れる。自動均衡調整オートバランサーがあるとはいえ、直接設置する脚部の左右に傾きが存在しているのは如何にも危ない。左脚部のホバーブレイド機構は健在。ならば、左脚部のホバーブレイドでその傾度分を浮上させて、無理矢理にだが均衡を保つ。


 流石に近接戦闘役が一人では抗し得ないのだろう。カウスメディアの圧縮空気の矢とオリヴェイラの銃弾が援護しているが、サダルメリクの動きは精彩を欠いている。当然だろう。恵まれた膂力を持っているとはいえ、生身の人間だ。よく耐えているが、あの攻撃力の前にさらされ続けていればすぐに破綻してしまう。


 際どいところでサダルメリクがキルシュタインの顎門あぎとから逃れる。どうしてそれを見逃せようものかと突進を開始したオーデルクローネだったが、それは即座に留められた。横合いからの激しい衝撃にMBの車体ごと宙を滑る。完全に視界の外から与えられた打撃の正体は、暴君竜の鞭尾だった。どうやら、かなり身体の動かし方を学習できてきたらしく、サダルメリクへと喰らいつく動きをそのまま活かして旋回、痛烈な鞭打で周囲を薙ぎ払ったのだ。


「く……ッ――!」


 衝撃で耳鳴りが響く中、自らの苦悶の声が噛み締めた歯の隙間から漏れるのを聞いた。


 したたか打ちのめされたオーデルクローネは、ひとしきり床面を転がって壁に激突してようやく止まった。遠心力に撓りが加わった攻撃だけに、一撃で沈められなかったのは僥倖ぎょうこうと言えた。ホバーブレイドを動作させていたのが功を奏したようだ。車体の浮遊で幾分か衝撃が逃げなければ、おそらくはオーデルクローネが沈黙していたことは勿論、神門も生命がなかっただろう。ただ、生命を拾えたとはいえ、オーデルクローネは凄まじい状態だ。各部は辛うじて動作できるものの、装甲のそこらかしこが歪んで裂けている。車体が寄越す警告から察するに、そこから漏れた義血がまさに血液の如く流出している事だろう。苦労しいしい立ち上がらせると、軋んだ鉄の擦過音と何かが折れたような感触が伝わってくる。それほど長くはもたない。今まで以上に慎重かつ確実に、最大の効果を狙わなくては――。


 鞭尾の一撃は周囲を文字通り掃除し、瓦礫などの類は尾が辿った円周の外へと撒き散らされていた。サダルメリクは咄嗟に尾の付け根より内側に飛び込んでいたらしく、なんとか無事の様子だ。オリヴェイラはカウスメディアの異能で事なきを得たのだろう。ただし、全員、隠しきれぬ傷を服や肌問わずに刻まれている。


 暴れ狂うキルシュタイン、彼我の距離、周囲の状況を冷静に分析する。見定めた先は、キルシュタインの傍に立つ、かなり重厚そうな石柱だ。あれならば一度は耐え切れるだろう。石柱の天井近くへと狙いを定めて、ワイヤーウインチを放つ。放たれたやじりは狙い通りの場所へと突き刺さる。何度かワイヤーを引っ張って、打ち込みと柱の耐久性の確かさを試した後、先ほどの後退劇をなぞるようにホバーブレイドを作動させる。ただし、今度は前進だ。


 ワイヤーウインチとホバーブレイドの加護を受け、オーデルクローネが再び宙を舞う。本来ならば、ホバーブレイドにかなりの負荷を与える、褒められた技能ではない。だが、この壊滅寸前のオーデルクローネはもう長くはない。ならば、一撃に総てを賭すのも悪くない。


「オオオッ……!」


 既にキルシュタインは神門を仕留めたものと見ていたようで、こちらを気にも留めていない。その油断は、確かに人間らしい。思えば、オリヴェイラたちに対する噛み付きも爪撃も本気で繰り出していないような、弄んでいるかのような気配を感じる。その加虐的な嗜好からの非合理性は確かに、人と獣の性質を色濃く見せつけている。確かにその非合理性は、見る者と与えられる者には恐怖を殊更に与える効果があるだろう。


 だが、ここに至っては命取りだ。ワイヤーに手を引かれて宙を奔るオーデルクローネが、ちょうどキルシュタインの頭部近辺へと――。視界の隅をよぎった何かに気づいたのか、獣のまなこと化したキルシュタインの左眼がそれを捉えようとして――。それが映る前に、彼の左の視界は永久に何かを捉える事は無くなった。


『~~~~~~』


 絶叫に王宮が震える。さぞかし峻烈な痛みだっただろう。碧い閃血と共に、バナイブスがキルシュタインの左眼を眼窩からこそぐように奪い取った。激痛に喚くキルシュタインが亡くした眼球を悼んで、左手で眼窩を抑えつけて悶える。キルシュタインの嚇怒かくどに燃える右の瞳とオーデルクローネの無機質な機械の単眼が合った。隻眼にされたことで距離感が攪乱していたのだろう。無造作に叩きつけられた掌底の鉄槌は、微妙にオーデルクローネの車体の軸を外していた。正確に一打をこうむっていれば、床面に叩きつけられるまでもなく粉砕されていたやもしれぬ。車体情報を見ずして、オーデルクローネが完全に残骸スクラップと化した事を実感した。身体中を激痛の稲妻が奔り、錆びた声がくぐもる。


 だが、神門がMBを犠牲に作った隙は、彼以外の三人には値千金の時間をもたらした。


 まず、カウスメディアが大気の槌を振り下ろす。不可視の大槌は増加した重力のようにキルシュタインをその場に縛った。それでも直立していたのは流石と言うべきか。


 続けざまに、右膝を的確にケモノオロシが横から叩く。足元を掬われるどころか破断した一刀は、二足歩行の竜と化したキルシュタインには格別の効果を与えた。


 残った左膝を着く暴君竜の右眼に、オリヴェイラの中折れ単発拳銃から撃ち出された銃弾が貫く。風穴を開けられた右眼が内側から赤く発光したのが、炸裂した銃弾が瞳を内部から小爆発で灼き尽くした証拠と見るのは自然の流れだろう。


 満身創痍となったキルシュタインだがそれでも致命傷には程遠いというのか、表情の見えぬ怪獣の顔だというのに臭う憤怒の気配は未だに翳る事がない。全身を碧い血で発光させて、なお彼は闘争心を失っていない。既に両目を失っているというのに、そうとは思えぬほど的確に振るわれる奮撃の数々は竜の優れた感覚器官によりものだろう。しかし、それは視覚動物である人の身では叶わぬ正確さの攻撃ではあったが、それでもいつ倒れ伏してもおかしくない状態のキルシュタインでは身体の方が振り回され、結果、か弱い人間に当てる事ができない。


『~~~~~~』


 顔を振り乱し絶叫するキルシュタイン。その動きにより、全身から流れ出た血の飛沫が辺りに拡散していく。もはや、彼には人間らしい知性は残ってはいまい――。だが、そう見た神門の予想を彼は裏切った。


 血の飛沫が収束していき、巨大な銛へと変化していく。それも複数だ。まさに撒き散らすといった表現が適切だろう。狙いも何もない、大味に過ぎる攻撃ではあるが、それは怒涛の勢いで周囲へ射出された。


 暴竜ラリオウスは固有の権能を殆ど使用していなかった。あくまで、その巨躯自体が権能と言わんばかりに、型も何もない野生的な動きで生まれついての強者のわざを見せつける。ただ単純ストレートに強靭、ただ冷酷シンプルに兇暴。それこそが暴竜が食物連鎖の頂点に立った要因でもあったのだが、今眼にしている不可思議な現象は権能によるもの――。


 眼を見張る暇もあらばこそ、神門はかろうじて動く腕部で操縦席を庇う。ここに至っては、オリヴェイラたちの方へ気を配る余裕もない。今は、自分の生命を再優先に――。はたして、槍矢の驟雨しゅううが辺りに降り注いだ。車体が攪拌されているような衝撃と、連なりで一つの轟音となった雨音が世界を支配する。かき乱された色境はブレて何を映しているのか判断がつかない。


 轟音は雨音だったのか、己の絶叫だったのか。神門は遂にその解答に至らなかった。

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