激流

「やはり……この惑星ほしには『結社エタニティ』が関わっていたか」

「左様。私自身が関わっていたわけではないがね。流石に五千万年前の事だからね」


 バナイブスの剣尖の向こうに見える金髪の美丈夫――メルドリッサは神門のつぶやきに応えた。


 MBの構える刃物の脅威を知ってか知らずか、メルドリッサはあくまで平静なままだ。それは、彼がこの状況を危険と判断していない証左だろうか。彼とは違い、傍らの少女はそう判断していなかったようで、メルドリッサを庇うように前に出た。


「バラージ銀河移民説は正しかったか――」

「ああ。アラカム・ヒブラ・アットゥーマン教授か。彼はかなりのところまで『結社われわれ』に食い込んでいたからね。彼には悪いが、学会で冷遇されるよう情報操作させてもらった。もしも、彼がチャータムに目をつけていたら、完全に我々へと辿り着いていただろうな」


 自分の前に出た少女の肩に手をやり、メルドリッサは彼女を後ろに控えさせた。主に指示されては反駁できなかったとみえ、少女は再びメルドリッサの後ろへと身を引いた。


「少ない情報から『結社』の臭いを嗅ぎ分けた答え合わせだ。

 まず五千万年前、後に銀河へ進出して銀河人類を名乗る種の一部を『結社』がこの惑星バラージへと転送させた。その理由は実験だ。『結社』のもつ技術が銀河人類という種に対応できるかどうかの、遠大な計画だよ」


 興が乗ったのか、メルドリッサは涼やかな声で惑星バラージの謎を解き明かしていく。本来ならば、その口を速やかに途絶えさせるところだが、『結社』の手がかりを追い求めていた神門にとっては値千金の情報とあって、黙ってメルドリッサの語りを受け入れる。


「権能、荒獣、チャータム……。総てが『結社』の手によるものだ。そして、その実験結果は逐次『結社』へと転送されている。この惑星ほしの月を見たかい? 巨大な瞳孔に見えるクレーター。あの場所には受容体レセプターが存在している。それを通して、この惑星ほしの生物の情報データは『結社』に送信されている」


 この惑星の不可思議さに『結社』――銀河人類の歴史の前から世界の陰に存在している人外化生の組織、その尾を見た神門も、ここまでの解答は持ち合わせていなかった。だが、驚愕をわざわざ口に出すほど、彼も饒舌な方ではない。彼の言通り、生徒の答案の答え合わせをしている教授のように、メルドリッサは解説を続ける。


「チャータム――権能に作用する鉱石とされているあれはなにか? 君は朧げながら理解していたはずだ。――それとも、不完全に終わった洗脳処置の影響で、そこまでの記憶はないかな? あれは、君の体内に埋め込まれた『神皇帝の赤石』の下位に存在する物体だよ。

 すなわち、神代の塵級機械群ナノマシンコロニー。元々、この惑星バラージは五千万年前、銀河人類種やその他の動植物が転送される以前は、現在ほど環境は安定していなかったそうだ。それを安定させるために、惑星改造プラットフォーム機能を持たせた塵級機械ナノマシンを使用した。それこそチャータムの正体さ。今も、バラージ人は大気中に潜んでいる塵級機械チャータムがもたらす恩恵を甘受しているだろ? 権能という形でね。彼らは塵級機械チャータムからの遺伝子操作で、権能を使用する体質を獲得したのさ」


 思ってもいなかった権能の正体。大気操作カウスメディアの権能であれば、大気に含有するチャータムが権能の命令に従って、大気操作――に見える形で動作する、という仕組みか。強制的均衡サダルメリクの場合、体内体外両方からのチャータムが作用し、均衡を保てるように力場を変化させているのだろう。


「ここで、どうして彼らに権能という体質が芽生えたと思う? 『結社』はそれを削除できるのに、どうして放置していたと思う?」

「…………」


 神門は答えないが、心中で推測していた。権能が何故未だにバラージ人に残されたままなのか。権能自体には意味は無いのかもしれない。余りにも千差万別、種種雑多にすぎる。チャータムに干渉する事で権能が発現する――。つまり、チャータムに干渉する事自体が『結社』の思惑なのでは?


「さて、答えだ。肝心なのは権能そのものではなく、チャータムへの干渉能力さ。権能を使用する際に、彼らの無意識はチャータムへと命令を行う。その際、発信される彼ら自身の情報を、月に仕掛けられた受容体レセプターが受信する仕組みさ。なかなかうまくできているシステムだろう? 本能、もしくは生態的に情報を送信させる事も可能だっただろうが、あえて権能というシステムを与えた――。

 下世話な例えだが、本能を希釈された銀河人類も、性感による快楽目当てで生殖行為を行うだろう? 子をなすという本来の目的に眼を塞いでまでも、ね。権能の場合は、快楽ではなく現象操作――荒獣や自然に対する武器というわけだ。バラージ人に本能を植え付けるだけでは、文明が進めばそれが希釈されていく。だからこそ、その先のメリットを持たせたわけだ。これならば、例え文明が進んでも彼らはすすんで権能を使用するんだから、大したシステムだよ」


 メルドリッサ自身も惑星バラージの件には関わっていないらしく、彼の声色にはシステムを構築した者への素直な賞賛があった。


「大気に潜む塵級機械チャータムが他にも生物に干渉した例がある。それが荒獣。彼らが生物学的に不可能な身体の規模を誇っているのも、総てが塵級機械チャータムの仕業さ。彼らの血を見たことがあるだろう? あの碧色に輝く血液。あれこそ、彼らの体内に宿る塵級機械チャータムによる現象だよ」


 ふと、神門は塵級機械チャータムが惑星バラージの至るところに潜んでいるという事実に、思い当たるものがあった事に気づいた。今、思えば、アラカム翁の棲家であった地底湖の深く輝いていた水底も、洞窟内で光を灯していた苔も、塵級機械チャータムの仕業であったのかもしれぬ。思えば、荒獣の血液と濃度や深度は違うものの、双方、碧色の輝きを放っていた。


「ムームーを知っているだろう? 彼らは進化の途上で権能を失い、あのような形態を獲得した。言わば、彼らは『結社』から与えられた遺伝子上の束縛くびきから開放された種といえるだろうね。そう考えると無権能者、とここで呼ばれる人々は、その実、バラージ人の進化の最先端に位置しているのかもしれないな。

 先代国王――賢明なるヴァレンタイン王もそう思っていたのだろうな」

「先代……だと?」


 何故、ここで先代国王の話が出たのか。訝しい話題に、我知らず疑問の声が口をついて出た。


「気づいてなかったのかな? 確かに君にはバラージ王国の話はそれほど関心が無いかもしれないから仕方がないのかもしれないな」


 涼やかな笑みを湛えた貴人の黄金の気配は、我こそがこの舞踏場の主と言わんばかりに空間を支配していた。




 遂に姿を顕したキルシュタイン。自分が追い詰められている事実に気づいていないのか、豪胆にもオリヴェイラとカウスの眼の前で悠々とした態度を見せている。


「手負いとはいえラリオウスこいつを始末するとは、俺も流石に予想していなかったぞ。なかなかやるじゃねえか、オリヴェイラ」


 賞嘆の言葉をかけるほどに余裕を見せているキルシュタインに、オリヴェイラは何処か不吉な何かを嗅ぎ取っていた。今や、王座を奪われ、国家反逆罪によって裁判なしで死刑とされる可能性すらあるというのに、この余裕はなにか――。


 警戒心から構えた銃口は既にキルシュタインの急所に向けられている。彼が権能を使用しようとも、オリヴェイラより遠いヽヽ


「キルシュタイン陛下。もう逃げ場はありませんよ」


 カウスも既にいつでも権能を発揮させる準備に入っている。詰め、のはずだ。だというのに、王位の簒奪者は泰然たる足取りで倒れ伏した暴竜の元へ歩いていく。


「なあ、あのお前の新しい飼い犬。あいつは何故この惑星くにに来たと思う?」


 突然の不可解な問いかけ。飼い犬とはキングダムガードの事だ。それに新しい――とくれば、神門の事か。そういえば、神門がバラージ王国に来た経緯を全く知らない事実に、オリヴェイラは初めて気がついた。


「銀河人類の――いや、それよりも太古から宇宙の歴史の陰に『結社』と呼ばれる組織があった。奴は、それらを追いかけてきたそうだ。さて、なら何故、その『結社』がこの王国と関連していると考えたのか……」


 やおら沈黙した暴竜へと近づきながら、先ほどまで王であった者はスーツの上着を脱ぎ捨てていく。


「権能、荒獣、チャータム……。バラージにしかありえない二つの要素から、この惑星ほしに『結社』の陰を見たんだろうんだろうな。どんな因縁があるのか知らねえが、蟻が荒獣に挑むような身の程知らずじゃねえか? ハハハ!」


 王位を顕す白いズリーバンも剥ぎ取り、常に開襟していたシャツを力任せに引き千切る。


「歴代バラージ王はその程度に違いはあれど『結社』と通じていた。なんでも、この惑星にバラージ人が誕生した瞬間から『結社』は、バラージの深淵にいたそうだからなぁ。

 俺は王座に就いた時にその事実を知ったよ。先王はこの『結社』の裏側からの支配からバラージを開放させるために、王制を排除しようとしたって事もなぁ!」


 微動だにしない暴竜の頭の傍まで来たキルシュタインは、徐ろに二人へと向き直った。


 そして、見えた。拳大のチャータムが彼の胸部中央に埋め込まれているのが見えた。それは、有機的に融合しているのか、浮いた血管のように周りの肌へ拡散し、青白い光をこもらせている。


「チャータム?」


 カウスの訝しがった声も当然だろう。このようなチャータムの使用法など聞き及んだ事もない。そもそも、このように身体に埋め込んでは、キルシュタインの『王権・勅令』を使用する事ができないはずだ。


「帝王はこのキルシュタインだ! 座は既に俺の色に染まっているッ! ハハハハハハ――」


 ガオンッ!といった擬音が適切だろう。哄笑するキルシュタインの声が誘い水となったか、突然息を吹き返した暴竜がすぐ傍で笑う男を噛み千切った。置き去りにされた両足だけを残して、キルシュタインの身体は暴竜の体内へと取り込まれた。


「え……?」

「嘘だろ?」


 一瞬にて起こった、余りにも間の抜けた展開に、オリヴェイラもカウスも思考停止に至って、ぽかんと口を開けるしかない。流石に予想を裏切り過ぎた結果だけを残されては、途方に暮れずにはいられない。


「これは――予想外だね」


 カウスの呆れたような声も致し方無き事だろう。


 だが――予想外の展開はむしろここからだった。


『ほう、お前らはこのキルシュタインがただ暴竜に喰われるだけの間抜けと思っていたかァ?』


 突然、鼓膜を震わせた音は、罅割れたキルシュタインの声だ。反射的に声の発生源へと視線を向けると、暴竜がやおら立ち上がっていく様が見て取れた。


 ただ、その体躯が先ほどまでと異なる。如何にも爬虫類的な体構造だったラリオウスは今、むしろ人体に近い体構造へと変化していた。即ち、前脚は手に後ろ脚は足へ。直立二足歩行へと移行したラリオウスの胸部には、先ほどのキルシュタインの胸部と同じように脈打つチャータムの塊が――。頭部も、人の顔に近いものへと変化している。ラリオウスが人と同じような進化を遂げれば、かくやとこそ思われた。


『~~~~~~~~』


 竜の嘶きとキルシュタインの咆哮が、罅割れた暴音となって鼓膜を揺るがす。食物連鎖の頂点に位置する暴竜と王国の権力の中心に坐する暴君。その二つが有機的に融け合い、暴圧的な瘴気を放つ。怪物――そう、人外化生の異生物だ。ラリオウス・キルシュタインは、王宮はおろか惑星全土まで拡散させるほどに、横溢する瘴気を孕んだ咆哮を吐き出していた。

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