章之肆
雷動
数日後――。正午ごろに突然発生した砂嵐で轟々と砂の粒子で王都が陰っていた。既に気象庁は、砂嵐内の砂の粒子同士の摩擦により生まれる火山雷を警戒して、総ての王都在住の国民の外出を禁止している。
バラージ王国国会議事堂、本会議場――。大陸型と呼ばれる扇状に並べられた席を議員たちが埋めつつある。今は午前の国議が終了し、休憩を挟んだ午後からの国議の時間に差し掛かっていた。
「やれやれ。砂嵐はまだ王都を通過していないようですな」
「この季節の風物詩とはいえ、午後の国議が終了する頃には収まっていてほしいものです」
「さて、そろそろ始まりますな」
話をしていた議員が顔を上げると、時計の針は国議開始の五分前を指し示していた。既に、今回の国議に参議する議員は全員席に就いているのだが――。
「おや? キルシュタイン陛下のお姿がありませんな」
「ああ、陛下はいつもの遅刻でしょう」
キルシュタイン王の議会の遅参は、議員間では有名過ぎるどころか常識に近い。そんな主君に諫言した勇気ある者もあったが、その者が数日後『不幸な事故』でこの世を去った事から、既に彼の自由を止められる者はいない。午前の国議の遅参のほどから見ても、およそ十数分は固い。流石に国王不在で議会を進めることも憚られる。もうしばらくは彼らが席を暖めることになるだろう。議長も慣れた様子で時計を見つめている。
「ん? あれは……」
そんなどこか弛緩した空気の中、演壇に近づく四人の人影に議員の一人が気づいた。彼らが演壇近づく度に気づいた議員の口が閉ざされていく。ざわついていた本会議場が次第次第に鎮まっていく。
「あれは……オリヴェイラ王子殿下?」
一人の議員がその正体に気づいた。そう、確かに先頭を歩いている人物は先王の遺児、オリヴェイラ王子殿下に他ならない。よくよく見やれば、その後に続いているのは、最年少キングダムガードの記録を持つサダルメリク・ラミナス、類稀なる権能の才のみでキングダムガードに上り詰めたカウスメディア・テルム……。もう一人、彫りの浅い顔立ちの、外惑星からの来訪者とおぼしき黒髪の少年については誰も知る者がいなかったが、彼もオリヴェイラ殿下のキングダムガードなのだろうか。
おもむろに演壇に近づいているのは、自分たちの存在を周囲から集めるためか。充分に時間をかけて演壇に上がったオリヴェイラ王子殿下は、国議を待つ議員たちに向けて声を上げた。
「日頃、国民のために粉骨砕身で職務にあたっている議員諸兄。私は、バラージ王国第二六代国王ヴァレンタイン二世の嫡子、オリヴェイラです。本日は諸兄に周知したき
この時より、後に『砂漠の雷動』と呼ばれる一日が始まった。
キルシュタインが本会議場の扉をくぐったのは、国議開始予定時刻から二〇分を越えた頃だった。後ろにラミナス家当主を伴って本会議場に入場する姿は、遅参したとは思えぬ、傲岸不遜極まる笑みを湛えていた。暴君の貫禄も凄まじく、堂々たる足取りで国王の席へと歩を進める。
「――あ?」
だが、周囲から針の
――なんだ、こいつら?
大会議場の席は段差となっており、後部にいくにつれ高さを増していっている。ちょうど、すり鉢を半円状にした形の構造だ。その席に座る議員たちがキルシュタインを見つめているのだ。自然と見下されている形となり、その事実にも彼は気分を害していた。この
――こいつら……ッ!
思わず、癇癪を起こしそうになる身体をどうにかこらえた。どうせすぐにこ奴らはこのキルシュタインに粛清されるのだ。そう遠くない未来の事だ、今ここで怒りに任せる必要もなかろう。
そう考えれば、気持ちにも余裕ができ、国王に用意された席へと向かう。席は演壇の前、扇状の席並びの中心部――本会議場の扉が正面から見て左に位置されており、周りの席よりも若干奥まった構造となっているため、彼からは周囲の席が死角となって見えていない。その構造は、今や制限君主制を採用し、血族で継承される政治家となった国王が、それでもバラージ王国において実質的最高権力者であるという証左だ。
王位に就いて新調させた王宮の玉座も気に入っているが、この本会議場の席が
バラージにおいて王族を意味する、紅いズリーバンがその人物の頭に巻かれている。議員が着用するスーツではなくジーンズを穿いた足を組み、彼はそこでキルシュタインを待っていた。本会議場に似合わぬ、白いブルゾンに黒いジレは、彼がここ数日王宮に戻らなかった故だろう。
「お待ちしておりました、叔父上」
「ッ……貴様ぁ……」
キルシュタインがいつになく、押し殺した声を出す。指示を待つまでもなく、背後でラミナスが剣に手をかけた気配を感じた。どういう経緯があろうとも王を侮辱する行為であることは明白であり、不敬罪にあたる。ラミナスが剣を抜く理由には充分だ。
直接キルシュタインの瞳を射るように放たれた視線は、今までの彼からは考えられぬ姿だ。先王の遺した嫡子、本来王座に就くはずだった彼の名は――。
「オリヴェイラ!」
「これに見覚えがありますね?」
懐からビニールに包まれた物品を取り出し、よく目につくように軽く振ってやったオリヴェイラであったが、傲岸とも取れる態度とは裏腹に、精神的重圧で肌が背中を汗が滑り落ちていく感触の気味悪さに身震いしそうになっていた。情けない話、声が若干震えているのを抑えきれていないが、眼前の叔父上――いや、キルシュタインの表情を見るに気づかれていないようだ。視線は、ビニールを持った右手に注視されている。
ビニールの中に入っているのは碧い宝石。このビニールに透かされても碧く光を反射する宝石は、惑星バラージからしか採掘されないチャータムという宝石だ。ある『特定の権能』はこのチャータムを介して発揮される。特定の権能――チャータムに能力を付与させ解き放つ権能。大変珍しい性質の権能であるが、それに該当する者が眼の前に一人。
現王、キルシュタイン。キルシュタインの権能『王権・勅命』は、チャータムに能力――多数の矢を込め、開放させた空間に
「これは『十年前の十月三日』の謁見の間に残されていたものです……。見覚えありますよね? それとも、十年も昔のことなので記憶にございませんか?」
神経を逆撫でする言い回しに、キルシュタインが歯噛みする。下賤の者が生意気にも主に楯突く構図なのだから、短気な彼からしたら許されざる行為だろう。だが、ここは臆さずに踏み出す。
「証拠品は始末したはず――ですか? 残念ながら、とある王宮内勤務者が回収したこれだけは、あなたの眼から逃れたようですね」
瞳に
「ほう――。だからどうしたというのだ? それが謁見の間にあったからどうだというのだ?」
「謁見の間にあったから、ではないですよ? 『十年前の十月三日』の謁見の間にあったから問題だと言うのですよ。
あなたはお忘れですか? 先王が崩御された日を? それとも、王座を手中に収めたから憶えておく必要もなかったという事ですかね?」
挑発的な言動は功を奏したようだ。眼前には、見るからに激情を溜め込んで噴火寸前といったキルシュタインの姿があった。彼の背後のラミナス卿が剣の柄に手をかけているが、そこはオリヴェイラの後ろに控えたサダルと神門も油断なく、ケモノオロシと秋津刀それぞれの獲物を抜く体勢に入っている。そして、キルシュタインが権能を発揮するには、身体のどこかに仕込んだチャータムを取り出さねばならない。だが、それよりもチャータムに依らないカウスの権能の方が速い。
「それが、先王――兄上の暗殺された日の謁見の間にあったという証拠がないな。それなくしては、いくら王子といえども国王に対する不敬罪が適用される事は理解しているな?」
「証拠はありますよ。あなたは気づいていなかったのかもしれないが、このチャータムはその日の謁見の間の玉座の陰に蹴り込まれていたんですよ」
懐から今度は写真付きの資料を取り出す。
「この資料にその時の状況が詳らかに記されています。資料としての信頼性は抜群ですよ。
更に、このチャータムにはあなたの指紋がべっとりと、そして先王の血液が少々付着している。
先王の死因は刺殺によるものでしたが、凶器は見つかっていなかった……。だが、あなたの権能から発生した『矢』が凶器であるなら、証拠隠滅は簡単だ。――権能を解除してしまえばいい。
先王はそこまで読んでいたのかもしれません。だから、当時にあなたが暗殺時に
ここまで言い切って、息苦しさに息をつく。こめかみを伝って、頬を一筋の汗が撫でた。今まで、反抗らしい反抗など考えもしなかったオリヴェイラがキルシュタインに楯突いているのだ。座っているというのに
――気を保て。
「王法第四〇条。現王に過去、もしくは現在進行中の犯罪の被疑がかかった場合、議会は速やかに王位一時剥奪に関しての決議を取らねばならない。この場合、現王が王位を維持するには、議決権五/六以上の王位一時剥奪に対しての反対票が必要である。
この件に関して、既にあなたの王位の一時剥奪の是非は問うてます。結果は――語るまでもないでしょうが、剥奪という決議に至りました」
極めて短時間の議決による電撃作戦。一か八かの策だったが、うまく狙い通りの展開へと落ち着いてくれた。同時にオリヴェイラ自身が王位請求を行っていれば、これほどの短時間でこのような決議など行う事は出来なかっただろう。ひとえに今回の電撃作戦は、王法にこのような場合を想定した法が規定されていた事と、過去に『過去の犯罪の被疑による王位の一時剥奪』の判例があったから他ならない。
「どうでしょう、次は裁判でお会いするというのは?」
そして、オリヴェイラは最後に心の銃爪を引いた。王位に固執するキルシュタインが王位一時剥奪――実質的には永久剥奪という現実を素直に受け止めるわけが、ない。
――来る。
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