逆襲

 一瞬、太陽をよぎった陰。雲ひとつない黒い青空において、陽の光を遮るものなどそう多いはずがない。況してや、この状況ではその正体は一つしかないだろう。羽撃く翼膜にあおられて、砂塵が重力の束縛から開放されて、濛々もうもうと立ち込める。はたして、卑賤の者からの眼を紗幕で遮る貴人のように、巻き上がる砂煙に影を落として砂漠の王者が降臨した。


「~~~~~~~~~」


 一度見逃した獲物に今度はないと言わしめているのか、咆哮は前回のそれより一際壮絶だった。その咆哮に気圧されてか、蜘蛛の子を散らしたように砂塵が晴れていく。


 鱗に包まれた力強い肉体。あまりの筋量がそうさせるのか、もはや鱗にまで束ねられた筋肉の筋が見える。剥き出しにした乱杭歯は鋸刃の鋭さを、大地を踏みしめる爪は大樹の逞しさを誇る。


 暴竜ラリオウス。冷酷、無慈悲、なにより凶暴。この熱砂の中で絶対の暴力性を放つ、生まれながらの強者。類まれなる暴虐性と闘争本能に裏打ちされた、砂の惑星の野生を具現化した存在は、ただいながらにして他を圧倒する。胆力など望むべくもない女子供が、これと相対したのなら、絶望感に気が触れる者がいても不思議はない。


「来るぞォォォ!」


 レスピレーターを投げ捨てたサダルメリクが叫ぶと同時に、暴竜が野生そのままに四肢で砂漠を蹴った。奔ると呼ぶよりも蠢くといった動作でありながら、異常に速い。思えば、前回はすな砂漠を舞台に戦っていたが、今彼らがいるのはれき砂漠だ。砂砂漠よりも確かな足元に、ラリオウスの吶喊とっかんも更なる力強さで勢いが増すのは必然とも言える。


 危うい時機タイミングで躱すも、ラリオウスは先の戦闘同様、爪を大地に突き立てて、無理矢理に方向転換を図る。それを留めたのはオリヴェイラが躱しざまに放ったライフルの銃撃だった。


 予想もしていなかった、方向転換時への乱入に、ラリオウスはよほど面食らったらしい。暴竜の鱗被を貫くこともできなかった銃弾に巨躯を崩し、急停止した。いくら遠距離に範囲が及ぶ権能でも届かぬ、一番近いサダルメリクにしても距離にして七十メートルを超えた隔たりだ。


 本能故か、権能の及ぼす範囲を肌で感じている暴竜が安全と見越していた距離を詰める、正体不明の鉄の飛礫つぶて。思えば、前回において、神門は銃器の使用を行っていなかった。ラリオウスにとっては、これが初めて体験する銃火器の洗礼だ。


 理解不能の衝撃に怒りを催した暴竜が、瞳だけで射殺す勢いでオリヴェイラのオーデルクローネを睨めつける。その視線に込められた殺気のほどは想像するだに恐ろしい。


 続けて、ありえぬ衝撃にラリオウスが心奪われている間に、射程距離内へと滑り込んだカウスメディアが大気の弾丸を続けざまに放つ。まさに、滑り込んだヽヽヽヽヽと言っていい動きだった。彼は、大気を操作する能力で圧搾した空気を足元で開放、エアクラフトの原理で礫上を滑ったのだ。彼が滑り込んだ後を、あおりを食った砂が宙に撒かれる。これも、先の戦闘では披露できなかった技だ。


 理論上は砂上でも可能なのだが、その場合、操作が容易ではなく、攻撃と同時に展開するのは困難を極める。いずれはそれも克服する気概ではあるが、現状のカウスメディアは砂砂漠ではホバーで移動と攻撃の二択を都度取捨選択に迫られる。


 故に、先の戦闘では使用できなかった背景があったのだが、この戦域ではその心配はない。カウスメディアは大気の加護で己の身体を縛る重力の軛から解き放ち、縦横無尽に暴竜の周囲を滑る。


「~~~~~~~」


 人で例えるなら羽虫の煩わしさか、己の体躯に付き纏って不可視の矢を放つカウスメディアはよほど癇に障ったらしく、ラリオウスは咆哮とともに鞭尾で周囲を薙ぎ払いにかかった。


「うわぁぁあ!」


 泡を食ったカウスメディアが己の前に圧縮した大気の泡を形成し、それを弾き飛ばした衝撃で尾の暴圧の圏外へと逃れる。際どく、彼の過去位置を尾が通過した。


 砂塵が晴れると、辺りを一掃した尾の猛威も色濃く、ラリオウスを中心とした円形に尾が辿った軌跡が大地に刻まれていた。


「カウス!」

「あいよ!」


 それを認めたサダルメリクがカウスメディアを促すと、まさしく以心伝心。先ほどの大気の泡をサダルメリクの背後に配置し、それを弾いた。畢竟、その圧縮された気圧はサダルメリクの身体を弾き飛ばし、すべからく向かう先は――。


「ドオオゥラァアッ……ァアア!」


 爆発的加速で迫ったサダルメリクのケモノオロシの一刀が、暴竜の巨躯へと振り下ろされる。ケモノオロシのもつ質量は流石のラリオウスでも無事にはすまなかったらしく、苦悶に叫びながら口涎を宙空へと飛ばした。


「悪いがまだだ」


 この絶好の機会を誰が逃そうものか。密かに接近していた神門が、爆斬鉈ばくざんしゃの発破のも眩しく、暴竜の尾を斬り落とした。サダルメリクの大剣すらも返り討ちにした硬い尾の骨も、MB用武装の質量を誇る爆斬鉈ばくざんしゃの爆圧に裏打ちされた斬撃に抗することは出来なかったのか、それとも骨の繋ぎ目に刃筋がうまく入り込んだのか、驚くほどに容易く両断された。


「~~~~~~~」


 叫ぶラリオウスに駄目押しとばかりにサイクロップスは左手で電磁ロッドを掴むと、その電撃の火花も禍々しい先を巨躯へと接触させた。


「~~~~~~~~~~~~~~ッ!」


 更に凄絶さを増した咆哮。同時に、無意識が鳴らした警鐘に身体を支配されて、神門はサイクロップスを後退させた。眼前に迫った顎門あぎとが噛み合わされたのはすぐ後だ。危うく、咆哮と欺罔させて開いた口に騙されて、噛み砕かれるところだった。間に合わなければ、カメラアイは暗闇に包まれ、理解もできないまま鋸歯に車体ごと破断されていたに違いない。


 否――。不意に傾いだ車体に、神門は車体情報を眼に通す前に、車体の一部欠損を悟った。ほどなく、自動均衡保持オートバランサーが車体を立て直し、サイクロップスは無謬の安定性を確保した。はたして簡易化された車体図には、右腕部から肩部の一部に至るまでが赤く表示されていた。この赤が意味するところは、推して知るべし。カメラアイを通した視界の隅に、爆斬鉈ばくざんしゃを握ったままの右手マニピュレータが地に落ちている様子が見て取れた。残りの部分がラリオウスの顎門あぎとに収まったことは容易に察せられる。


 痛みにあえぎながらも、飽くなき戦闘本能がそれを更なる攻撃性へと転換させる。もはや、生物としての自己保存すら放棄しているのではないか、と邪推したくなる在り方だ。


 身から横溢しそうな暴威の命じるままに、暴竜が次に近場にいたサダルメリクに喰らいつく。きばに濡れた涎も生々しいはだけた口は、グロテスクな肉の花を想起させる。いくらサダルメリクが権能をもっているとはいえ、ラリオウスから見れば等しく脆い人の身だ。暴竜のきばの前には赤子の手を捻る程度に喰い破られる血袋にすぎない。だが、彼とてただいたずらそれを待つ血袋ではない。


「ドラァ!」


 ケモノオロシを振りかぶり、ほとんど顎門あぎとしか見えぬラリオウスの顔面めがけて叩き下ろす。ケモノオロシの刀身は上部の鋸歯に当たったが、それを断ち切ることも叩き折ることもできなかった。では、それが意味をなさなかったかといえば否だ。顎門あぎとが噛み締められるも、そこにサダルメリクの肉体は存在していなかった。彼はそもそも破壊を狙っていない。ケモノオロシを叩き込んだ反発力を活かして、後方へと逃れていたのだ。


「~~~~~~」


 捉えたはずの獲物を逃した口惜しさに暴竜が叫ぶ。身を硬直させるほどにまで高まった音量のほどは、洞穴内の轟牛のいななきを今や上回っていた。ひとしきり周囲に己の覇を叫び、小生意気にも抵抗する脆弱な生物を威圧すると、ラリオウスは再び蠢くような吶喊とっかんを始めた。


 呆れるしかない戦闘狂生物に隠しきれず嘆息し、神門は左の電磁ロッドを構えた。

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