豪牛
遠雷のような地響きが足元から伝わってくる。先程から、それは断続的にその振り幅を増してきている。おそらく、神門がドブルを誘っているのだろう。荒獣としては小型なドブルだが、持ち前の
いよいよか、とアサルトライフルを腰だめに構え、岩陰から顔を覗かせる。もはや、耳を塞いでいても意味を成さないほどの音量に達してきた
まずオーデキュロープが横穴から飛び出し、着地の衝撃を姿勢を低くして受け流した。それを追いかけて、全身を針まみれにした荒獣が猛然と突っ込んできた。
闘牛士の鮮やかさでそれから身を躱したオーデキュロープだが、これまでの道程が容易でなかった証左に、生々しい擦過痕が至るところに刻まれていた。見れば、胸部に下げていた無限軌道の
ようやく拾えた無電から神門の荒い息が伝わってきた。相当な長丁場だったのだろう。ドブルも威嚇からかはたまた疲労故か噴出した息吹が、冷えた洞穴の大気に白く染まっている。
「おい、神門。大丈夫か」
囁くような小声でも、無電はしっかり拾って、電磁的処理で明瞭な音声へと修正してくれる。
「ああ。赤いマントを忘れてたな」
彼には珍しい軽口だが、それに反して重い口ぶりは、彼がかなり神経を擦り減らしてきた事実を教えてきた。
「ようやく空間を確保できた。これからが本番だ」
それを払拭するように淡々と言い放つと、神門は
「よし。じゃあ、示し合わせていた通りに……」ドブルを捕捉できる位置へと移動を開始しながら、オリヴェイラはアサルトライフルの安全装置を解除した。「……行くぜ!」
* * *
「なんかズシンズシンうるさくないか?」
サダルの言うことも
「まだドブルと遭遇してないのもおかしいしね。――誰か襲われているのか……って、オォォイ!」
誰か――など、議論の余地はないだろう。カウスメディアは、一気に駆け出そうとしたサダルを思わず羽交い締めにした――といっても、彼の体躯ではサダルを止めるどころか、羽交い締めにした途端に足が浮いてしまったが。
「止めるな! 君もわかるだろ? あいつらは権能が無いんだ。まごついてたら殺されちまう!」
「落ち着けってば。人の話は最後まで聞いてくれよ。襲われているのか、戦っているのか……って言うつもりだったんだよ、僕は!」
「戦っている? なお悪いじゃないか!」
努めて冷静さを装っていたサダルだったが、ここに来てついに
流石、大剣を振るう筋力を持っているだけあって、人一人分の重みなど意にも介していない。彼自身の歩幅もあり、しがみついているカウスメディアは生きた心地がしない。
「馬鹿ァ! ここまで来るまでにどれだけ時間がかかった? それまで音がずっとしてただろ? つまり、戦っているのなら、それなりに対抗手段あってのことって気づきなよ!」
「だったら、なんだ?」
「だから、馳せ参じる前に準備を整えろって話だよ! 今からこんな奔って、ぜーはーぜーはー息切らしていたら却って迷惑だよ!」
「むう……」
急激に停止されたカウスメディアは危うく振り落とされそうになったが、どうやらサダルも少しは冷静さを取り戻したらしい。見れば、カウスメディアの懸念通り、焦りと全力疾走で息を乱している。
「いいかい? 早歩きで近づくよ。いつでも臨戦態勢にとれるよう、息を整えてよ?」
肺の二酸化炭素を胸中の焦燥と一緒に吐き出しているらしく、深呼吸を繰り返すごとにサダルの表情が落ち着いたものへと変化していった。
「ああ、そうだな。すまない、カウス……」
サダルの背に揺られていた間は、風に耳を苛まれて聞こえていなかった怒轟が今はかなり近い。どうやら、サダルはかなりの距離を脇目もふらずに走り抜けたらしい。
道中、どこへ続いているのか判らぬ魔酔いの洞穴で、唯一確かな耳に届く音だけを道標に近づけたものだ。カウスメディアは内心、サダルの勘働きの良さに苦笑した。
「さ、行くよ。結構近いみたいだ」
サダルはケモノオロシを抜くと肩に担いだ。もはや、戦いの時まで幾許もないと、その戦士としての勘が告げているのだろう。彼のその出で立ちに、自然とカウスメディアは舌で乾いていた口唇を湿らせた。
サダルを前衛として、カウスメディアたちは逸る気持ちを抑えつけて、警戒と体力の維持を保てる速度で移動を開始した。
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