前夜

 オーデキュクロープをなんとか調整し終わった神門は、つづけて戦域の確保を行っていた。車体制御を静音モードに切り替えると、緩やかながらも貞淑にオーデキュロープは歩を進める。


 アラカム翁から聞いた、無権能者には鈍感になるという荒獣の性質に賭けての行動だったが、世を捨てたとはいえ、バラージの惑星生態学の第一人者の名は伊達ではなかったらしい。


 確かに、一度ドブルの姿を見かけたが、彼に気づく様子もなかった。お陰で、準備が捗り、勝利への可能性が現実味を帯びてくるというものだ。


 この軽装甲のMBにおいては、むしろ搭乗した方こそ生存率は低いだろう。眼を引く巨躯に加えて、衝撃に脆い。だからこそ、少しでもMB操作技術に長けた神門が担当する事とした。


 オリヴェイラにはサイクロップスの操縦席に念の為に携行していたアサルトライフルを渡し、射撃訓練をさせている。カートリッジの四本のうち二本は使い切ってもいいとまで言い含めてある。


 オリヴェイラが銃器を扱えたという事実は僥倖ぎょうこうだった。彼ら無権能者が荒獣に至近距離戦を挑むなど、無謀を通り越して自殺に等しい。銃器で距離をおいての攻撃ならば生存率は言わずもがな、運が良ければ発見されずに済むかもしれぬ。


 ふと見やれば、前回訪れた時と異なり、出口は闇に包まれて、蛍光植物のかそけき光のみが唯一のよすがとなっている。


 どうやら、今は夜の時間帯のようだ。どうも、地の底にあっては月日と時間の感覚が曖昧になってくる。


 決戦は日中の時間帯となるだろうか。生きて日の目を見るか、それともこの地の底の更に底、地獄へ堕ちるか。月明かりさえ届かぬ地底で、神門はただ明日の戦いを幻視していた。



 * * *



「大昔の記録だけど、ここからあの辺の地底につながる洞穴があるみたいだよ」

「よし。これで、なんとかなりそうだな」

「まあ、ね」


 神門が贔屓ひいきにしていたカフェ・ミヤビィ。カウスメディアの報告に、サダルは両拳を打ち鳴らす。夕刻まで捜索を続けた彼らは、一度王都に戻った後、オーデルクローネの反応があった座標の地下への入り口を文献から探していた。


「でも、行商辺りで最近有名らしいけど、その近辺で荒獣が出るんだってさ。多分、巣をつくってるんじゃないかなって話だよ」

「種類は?」

「えっと、轟牛ドブル……か」


 コーラのグラスからストローを抜くと、サダルは豪快に一気飲みした。彼の豪気な質は、いざ戦いの場であればこの上なく心強いものの、こういった場においては大雑把に過ぎてどうも周りの眼が気になる。今も背中に突き刺さる視線を感じて、カウスメディアは身体が小さくなっていくような気分を味わっていた。


「ドブルか。手強い奴だが、勝てない相手でもない。もう三日も経っている。さっさと迎えに行かねーと、あいつら泣いちまうな」


 そう言いながら立ち上がったサダルは、聞くべき情報を聞いた今では時間が惜しいとばかりに、脇目もふらずにカフェを出て行った。その姿は如何にも兄貴分然として頼もしい限りなのだが――


「あれ? 代金…………また、僕が払うのかよ……」


 代金をテーブルに置いてくれれば、カウスメディアとしても諸手を上げて歓迎していたのだが……と、溜息をこぼす。今日も彼が努めて先導していたのは理解しているし感謝もしている……とはいえ、いつもこれで肩代わりをさせられている身となれば、溜息の一つや二つは勘弁してもらいたい――と、カウスメディアは空になったグラスを見つめて、再び嘆息した。

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