地底

「う~ん。一応、反応はこの辺からだったんだけど……」


 追跡機トレーサーから反応があったとおぼしき場所まで辿り着いたサダルメリクとカウスの二人だったが、人の気配どころか生物の影すら見当たらない。座標的には彼らが暴竜と丁々発止を繰り広げた場所の近くだ。


「なんにもないな」


 ただ、だだっ広く白い大地を構成する熱砂だけが、黒い空との境界線を別たっているのみだ。誤って違う反応でも拾ったか、と訝しく思わないでもないが、他に有力な手がかりもない。


「とにかく、一度この辺りを見回ってみるか。何か発見みつかるかもしれん。つぶさに探せば、な」

「うん、そうだね」


 二手に別れて辺りを徘徊するも、予想通り、目新しいどころか手がかりになりそうなものも見当たらない。サダルメリクは焦燥に歯噛みしそうな心を抑えて、努めて冷静さを心がけて捜索を続ける。カウスもかなり疲労の色が濃い。元々、彼の権能は大気の操作にあり、サダルメリクのような膂力を後押しするものではない。権能による戦闘力は高いといえども、身体能力自体はそれほどでもない。


 ならば、少しでも余裕がある自分が冷静さを保ちつづけなければならない。せめて、装甲の破片でも見つかればよいのだが――と、足元を見下ろしていると、彼は異変に気づいた。


 ――流砂?


 足を掬うほどではないといえ、白い砂が大地のはだえを滑っているように思えた。少々逡巡するも、意を決して手を砂に差し入れると、確かに熱さを内包した粒子が肌を擦り抜けていく感覚を覚えた。


「――ァッ! ……っちーな」


 しばらくは忍耐していたのだが限界が訪れ、サダルメリクの身体は反射的に砂に浸していた手を引いた。


 立ち上がって流砂の流れる先と後を確認すると、ちょうど彼が立っている場所は円周の内側で、中心側に向かって漏斗ろうとの如く砂が寄っているのが見て取れた。まさかと半ば確信をもって円の中心に近づくと、遠目からは見えなかったが何処か地の底へつながっているらしく、滑り込んだ砂がそこから脱出する気配はない。


「カウス!」

「え? 見つかった? ……どわっ!」


 よほど慌てていたのか、砂に足を獲られて倒れこんだカウスだったが、それによりサダルメリクの言わんとしていることを理解した。 


「砂が流れている? 地下がある?」

「この下にあいつらがいる……多分な。行くぞ、どっか入り口を見つけて回り込む」


 このままここから降りては、ミイラ取りがミイラになる危険度リスクが高い。サダルメリクはそう判断すると、水筒のアイソニック飲料で口唇を湿らせた。



  *  *  *



「ほう。ようここまで仕上げおったな」


 アラカムの感心する声にオリヴェイラはしたり顔で頷いた。


「ほーだろ、ほーだろ。もっと褒めなさい。もっと讃えなさい」

「ほう……」


 アラカムの眼が諧謔に鋭い光を宿す。


「いや、素晴らしい。全く素晴らしい。流石、オリヴェイラ王子。バラージ王国はこんな傑物の王位継承権を取り上げて、自ら滅ぶつもりなんじゃろかね。あまりに素晴らしすぎて笑いが出そうじゃ、あははははははは」


「あ、いや。すいません……」


 早口だが棒読みでまくし立てるアラカム翁に、オリヴェイラは流石にいたたまれなくなったようだ。赤面した王子には威厳というものが見出だせなかった。


「冗談はさておき、よくもまあ、ここまででっち上げたもんよな」

「でしょ? オーデキュクロープと名づけたんだよ」


 アラカムが見上げるMBは、以前彼が見た時よりも少し体高が高くなっていた。膝部より下のパーツをオーデルクローネの脚部と交換したためだ。腕部もより筋肉質に見えるシルエットになっている。胸部にはサイクロップスが装備していた無限軌道の履板が垂れ下がり、板状の武士モノノフの甲冑の小札こぜねに似た印象を受ける。スクラップ同然だったとはいえ、三台のMBの部品を使ったMBはその信頼性はともかく、頼もしく映える見た目にはなっていた。


「じゃが、装甲は薄いの」


 翁の指摘の通りに装甲は貧相な作業用MBの時とそれほど変わらない。軍の払い下げ品だったとはいえ、作業用にカスタマイズされたMBだ。動作を制限する装甲類は外されていた。そもそも、工具にも限りがあり、更にオーデルクローネとサイクロップスの殆どの装甲は変形して使える余地がなかったのだ。履帯を利用した増加装甲もその埋め合わせだ。


「立ち回り次第です。うまく衝撃を逃がすことができれば、何度か接触しても耐えられます」


 神門はMBの操縦席から各種の設定を行いながら応える。無理なカスタマイズを施したMBは何よりも、車体バランスが劣悪といっていい。このままでは容易にバランスを崩し、地に沈むのは明白。それをソフト面から均一化を図っているのだ。サイクロップスの電脳部を移植した作業用MBは、元のそれよりも高い電算処理速度で車体情報の更新を行っている。


「ほう、そういうもんかね」


 とはいえ、足りない――。神門の脳裏に浮かぶ荒獣が斃れるイメージが、どうしても希薄になっているのだ。――せめて、あと一手。


「そういえば、これは知っているかね」


 アラカムが思い出したように言った。


「まだ検証中じゃが、何故か荒獣は無権能者には権能者ほどの苛烈な反応を見せず、比較的鈍感なんじゃ。権能の有無をどうやって嗅ぎ分けているのか定かではないんじゃが、荒獣は権能者と見れば見境ないくせに、無権能者には攻撃されない限りは無視を決め込んでいるんじゃ」

「へー?」


 オリヴェイラの感心の眼に大いに気を良くしたらしい。アラカム翁は得意気に続けた。人を嫌って隠者になった割りには、人に知識を広めたり、それに対して賛美を受けるのは満更でもないらしい。


「ああ、それと関係ないんじゃが、荒獣は人を喰う際、殆ど丸呑みにすることは知っているかね? 彼らは基本的に人を襲うものの、人を喰うことは滅多めったかない。じゃが、どういう基準か、時折人を捕食しよるんじゃ。人以外の豊富に食物がある場合でもな」


「人を呑み込んで意味あるのかねぇ?」

「わからん。じゃが、喰われたはずなのに生還した者もおるとかいう話もあってな。なんにせよ、荒獣という奴は神秘のベールに包まれた生物なんじゃよ」


 彼らの会話を背景に車体調整を行いつつ、権能をもたぬ者に鈍感な性質があるのなら何か使える策がないか、と神門は頭を回し始めていた。

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