探索

「なあ、オーデルクローネの発信機の反応はあったか?」


 延々と続く砂漠。果てがないように見える砂の大地を歩くサダルメリクは、後ろでへばりつつもいてくるカウスに訊いた。一度、王都に戻った彼らは事の次第を議会に報告後、装備を整えて、捜索隊の派遣を待たずして蜻蛉とんぼ帰りしたのだ。彼らにとって、オリヴィーとは王族以上に友人であり、そして今や神門も友人であったのだから、当然といえば当然の話だった。


否定ネガティブ。起動してないと追跡できないよ」


 オリヴィーのオーデルクローネには追跡機トレーサーが内蔵されていた。権能無き、そして王位継承権を失っているとはいえ、王族には違いない。彼を失うことで隙を付け入られぬよう、ささやかながらも対策を講じる程度には世の政治家は賢明だったらしい。少なくとも、対策を講じていたという言い訳は通じる。


 たとえどんな事情があったとしてもオリヴィーの危機に対応できる事柄があるのならばと、二人のキングダムガードも追跡機トレーサーの取り付けを承服したのだ。だが、追跡機トレーサーの反応を拾えない現在の状況下においては、残念ながら全く恩恵に預かれない。


 内心ほぞを噛む。そもそもにおいて、ラリオウスを四人で捕獲すること自体が無謀ではあったのだ。だが、サダルメリクが調べたところによるとそれほど強力な個体ではなく、更に神門のMB操縦の手練との連携に過剰な信頼を寄せていたのも事実だろう。


 ――しかし、それにしても情報に誤りがあったとは……。


 それなりに信頼できる子飼いの情報屋だったのだが、はたして彼が誤った情報を掴んだのか、それとも……。


 いや、そんなことよりも、だ。益体もない考えはとりあえず棚上げして、サダルメリクはオリヴィーと神門の捜索を続ける。いつ、あの暴竜が襲い掛かってくるかもしれぬ。そんな状況下ではムームーの脚に頼ることもできず、彼らは自らの足で砂漠を踏みしめる。


 肩に抱えている大剣は先の刃毀はこぼれした剣の代わりに用意したものだ。銘を『ケモノオロシ』という斬獣剣だ。たとえどのような荒獣に相対しようともおろしきる剣、という意味だ。サダルメリクのもつ剣の中で最大の剣ではあるが、扱いもその分だけ難しく、彼でさえもそう易々と振り回せられるものではない。だが、あのラリオウスに通じるのはこの剣以外にはあるまいと判断し、サダルメリクはケモノオロシを用意した。


 重剣の過負荷に耐えつつ、砂漠を歩くのはまさに乾いた行軍か。身体に熱が絡みついて染みこんでいき、剣の重みが次第に増してきているような錯覚すら覚える。吐く息もまた熱砂にあぶられてか、自分の吐いたものとは思えぬほど熱い。


 それでも、彼は幼い頃よりオリヴィーと共におり、そして馬鹿ではあるが憎めない親友を守るため、最年少キングダムガードの記録を樹立したほどの男だ。この程度で音を上げるなど自分が許さない。音を上げていいのはあの二人を助けてからだと、ともすれば熱に揺らぎそうな己を律した。


「ん?」


 後ろのカウスが上げた声が、己の中に埋没していたサダルメリクを現実に引き戻した。


「どうした?」

「いや、今、一瞬反応があった……んだけど」

「ログには残っているか?」


 見間違いも考えられるが、ログに記録があればその可能性も払拭される。


「うん、残っている。えっと、この位置は――」


 どうやら、重要な手がかりになりそうだ。あてもなく砂漠を流魔酔さまようのは精神的にも苦痛だが、道標があればかなり楽になる。サダルメリクは我知らず嘆息していた。



  *  *  *



 絶えず、頭上より砂の滝が滑り落ちる砂時計の洞穴で、神門とオリヴェイラは確保したMBの修理を行っていた。アラカム翁より貸与された工具は充分ではないものの、元々MBは各部をブロック分けできるように設計されているので、誤魔化し誤魔化しとはいえ整備は可能だった。


 最も損傷の少ない行商の置き土産のMB――どうやら、サイクロップスの亜種のようだ――を素体にして各部を仕上げる方針とし、部品取りにサイクロップスとオーデルクローネを解体する。損傷の程度を見て、移植用の部品を見定めて、各部に取り付けていく。


「なあ、これで本当に荒獣に対抗できるだけの車体に仕上がるのか?」


 如何にも不安げなオリヴェイラだが無理もなかろう。肉眼で直接確認した荒獣ドブルは暴竜などに比べるまでもないが、それでも半壊したMBなど歯牙にもかけないのは予想に難くない。


「……」


 オリヴェイラの不安を神門は聞き流す。不安など口にしても始まらぬ。実際、神門にしても確証はない。そもそも、戦闘というものは性能だけでは測れないのは自明の理。ならば、やるだけやってみるといった心境なのだ。オリヴェイラの疑問に得心できるような答えなど持ちあわせていようはずもない。


「結局、勝つ算段もそこそこにやるしかないのかぁ」


 このやりとりの間、彼らの手は止まっていない。つまるところ、オリヴェイラは不安を内に黙々と作業するのに耐え切れず、神門に話しかけたにすぎない。むしろ、分かりきった上にそれほど希望的観測をもてない現状を再確認するだけに留まり、オリヴェイラはうんざりとした表情のままだ。


「徒労に終わるかもしれないがな」

「どういうことだ?」

サダルメリクとカウスメディアあのふたりが救助を連れて来る。一応王族なんだろ?」


 名目上とはいえ、オリヴェイラも王族に名を連ねている者。その彼が行方不明とあれば、建前上は救助隊の派遣は急務であろう。


 ――俺たちの居場所がわかればだがな。


 神門は頭上の太陽が透けて見える天蓋の穴を仰ぎ見た。そこから砂が無感情に万有引力の奴隷となって、細く流れ落ちている。


「なんにしても、あいつらはお前を見捨てない。期待しない程度に期待しておけ」

「ハハッ、なんだそりゃ」


 なんにせよ、神門にしてもオリヴェイラにしても、この洞穴で生涯を終えるつもりなど毛頭ない。彼らの手によって、誰も知らぬ洞穴で着々と鋼の巨人兵は産声をあげようとしていた。

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