残骸

「MBが無いのが辛いな」


 アラカムの研究資料を押しやったスペースに座りながら、オリヴェイラは唸った。神門は腕を組みながら壁にもたれかかって、壁の花を決め込んでいる。


 難しい顔をしているオリヴェイラの眼の前の床には今彼らがもつ戦力、拳銃、秋津刀、バナイブス、榴弾が並べられていた。これらが、現在彼らが持ち合わせている戦力だ。荒獣と対するには明らかに不足している。


「ただいま――となんじゃい、こんな物騒なもん並べて」


 フィールドワークを終えたのか、戻ってきたアラカムが開口一番咎めるような声を上げた。


「俺らはそれ以上に物騒な荒獣と戦おうってんだから、じいさんもそんくらいは目を瞑ってくれよ」


 オリヴェイラはそう返し、壁の花と化していた神門へ向く。


「なあ、神門。MB一台あれば突破できるか?」

「おそらく。それほど大型ではなかったからな。武器は俺たちが乗っていた奴から取ればいい」

「せめて、一台は欲しいな。じいさん、MBってどっかにないか?」


 駄目で元々の心持ちで尋ねると、返事は意外なものだった。


「MB? 行商が置いていったのがあったような……」

「マジか! イェ~! エイドリアーーンッ!」


 銀河中に普及しているMBとはいえ、惑星バラージにおけるその台数は希少とさえ言えるほどの数でしかない。惑星バラージの、それもこのような洞穴でMBがあるという情報に、にわかに立ち上がったオリヴェイラが全身で歓喜を表したのも頷けるというものだ。


「♪トゥルルトゥールルールルール……ティロティロティロティロティロティロトゥルリロリロリロリ……」

「どこにあるんです?」


 一人、嬉々としてエアギターにいそしんでいるオリヴェイラを放置し、神門がMBの在処を尋ねた。


「えーっと、確か東側の横穴を進んだ辺りじゃったかな。ほれ、結構大きめの横穴あったじゃろ」


 頷く。確かに高さ三メートル超ありそうな横穴が存在していたと神門は記憶していた。


「あそこに運搬用に置いていったんじゃよ。ただ、義血がなかったもんで全く動かしていないが――」


 義血――MBをはじめとして義体化人間サイボーグ人体模倣絡繰人形マシンナリフィギュアや可変戦闘機・機兵に至るまで広く使われている人工筋肉を駆動させる液体だ。その義血という名が示す通りに人工筋肉にとっては人体における血液に近い。これがなければ、義肢の類は動力を失って沈黙するだけになる。


 神門が乗っていたサイクロップスは完全に義血が流出し動作できなかった。アラカムの覚えがあるMBに義血が残されていない以上、オリヴェイラのオーデルクローネに義血が残されているのかどうか。記憶にある限りでは、義血が流れていたようには見えなかったが――。


「ギュワギュワィィィィィィンティロリロリロリィイィイィイィィ………………あれ?」


 オリヴェイラのエアギターの演奏が最高潮のうちに幕を下ろした頃には、既に神門は小屋を出たあとだった。


  *  *  *


 沈黙したオーデルクローネの元に辿り着いた神門は、脱がした後に転がしていた、オリヴェイラのヘルメットを拾い上げ、それを被った。起動用キーとなっている認識票ドッグタグは不用心にも挿さったままだが、この際ありがたかった。


 外部カメラは死んでいるらしく砂嵐ノイズだけしか拾えないが、網膜直接投影自体は生きており、メニュー画面等のウィンドウ表示は正常に表示されていた。まず、自己判断プログラムを呼び出す。オーデルクローネが王衛隊専用MBとはいえ、基本は変わらない。そもそも、MBが普及した背景の一つに操縦方法の統一化がある。どのMBでさえも基本的操縦法が変わらないとあれば、たとえ新型や初めて搭乗する車体でさえも、ある水準までは容易に動かせる。


 サイクロップスのものより多少デザイン性の高い自己判断画面に、オーデルクローネの車体図が表示される。やがて、自己判断を終了した画面を見た神門は凄惨な有り様ながらも、内部の人工筋肉はかろうじて生きているものがあることと義血は心臓部タンクに残されていることを知った。見た目はサイクロップスに負けない凄惨さだったが、内部構造の違いか、車体内部の状況にいたっては差がついたらしい。


 オーデルクローネから出た神門は近くを歩き、サイクロップスのライフルを見つけた。オーデルクローネの脇にはバナイブス一振り、サイクロップスの左脇には爆斬鉈ばくざんしゃを確認している。予備は総て喪失し、弾丸はそれぞれのカートリッジに残されている数しかなかったが、それでも荒獣に通じるきばがあるということは頼もしい。


 つづいて、アラカム翁より聞いていた、行商の置き土産を見る。かなり古い型のようだが、純然な作業用ではなく軍の払い下げ品を改造したものであったらしい。装甲こそ殆ど残ってはいないが放置されていたにしては状態はいい。前述されていた通り義血の量こそ残されていないものの、これならばサイクロップスとオーデルクローネから部品取りしてしまえば、動かすことは可能だろう。


 とりあえず、方針は固まった。まともに動かせられないサイクロップスとオーデルクローネ――つまり彼らの落下地点で作業することになると最初に踏んでいた神門は、オーデルクローネの義血を持ち運びできる分まで持ってきていた。それを、行商の置き土産に輸血し、早速、移動を開始した。

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