拳銃

 いつの頃だったろうか。オリヴェイラの脳裏に過去の情景が浮かび上がる。

 砂に覆われた惑星とは思えぬ豊かな草花から、ここが王宮の空中庭園であることを教えている。かつてのオリヴェイラはまだ手には大きい鉄の塊……拳銃を握っていた。そう、今は解体されて久しいが、銃の訓練はいつも、空中庭園に設えた射撃場で行っていた。


 銃の手ほどきをしているのは当時の外人部隊の教官だった。遠いあの日、父である先王に見守られながら、幼きオリヴェイラは射撃を学んだのだ。


 バラージの王族は王族たる責務として、数年の従軍経験が必要だ。国を治めるものは民を守らねばならぬ。故に王族はすべからく、高貴なる者の責務として軍に奉仕し民に安寧を与えるべし。荒獣との戦いが絶えないバラージならではの風習だ。そして、荒獣と戦う術と暗殺に対する術として、王族は一通りの武器の修練が課せられる。


 その責務の及ぼすまま、現在のオリヴェイラは軍で荒獣と戦っているわけなのだが、王族の身をある程度確保するためMBの搭乗は認められたものの、バラージ王族として銃による戦闘はその限りではなかった。

 ただ、権能をもたぬオリヴェイラが銃による暗殺を回避するためには銃器とその扱いを理解しなければならぬ、という先王の言により王族でただ一人、オリヴェイラのみ銃器の訓練が課せられたのだ。

 銃器などもっとも縁の遠い器械であったであろうバラージ王族。その王族にあって、権能をもたぬ彼が縁遠き銃を学ぶなど、皮肉といえば皮肉といえる。


 離れた的を狙い、拳銃の銃爪を引く。年端もゆかぬ王子に反動が容赦なく襲う。狙いそのものは悪くはないとは思うのだが、銃弾はしばらくは宙を貫いたもののあえなく土をえぐるのみにおさまった。考えれば当然とも言える。

 構えた状態から一分経ってから銃爪を引くという訓練内容。膂力を後押しする権能のない子供の腕力では、狙いをいつまでも保つことなど不可能に近い。十年後のこの景色を回想しているオリヴェイラに、重く骨が固まるような痛みが腕にわだかまる感覚が蘇った。


 あの時の、構えた感覚そのものを再現するように銃を持ち上げる。あの頃と違い、それなりに筋力がついた今では驚くほど容易に持ち上がった。照門から照星を覗き、その延長線上にできる道に標的まとを入れる。今は脳裏に残っている標的まとを幻視し、それを狙う。

 はたして殆ど思考せずに、オリヴェイラは銃を構えた。それは十年越しの行為だったが、オリヴェイラは確信した。それは先ほどの試合のそれよりも確かで揺るぎないものに感じた。


 ――たる。


 当てる……ではなく、中たる。その感覚のまま、オリヴェイラはあの時そのままに、一分間を構えの維持に務めていた。

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