剣技

 お互い真剣を用いた稽古。この場合、対戦形式で、示し合わせていた速度で剣を振るい、筋力と体捌きを同時に鍛える。当然、振るう技は対手の身体に触れぬように寸止めだ。決定的な一撃を二本先取で取り合う試合形式だ。この形式で幾度か試合をした彼らは、既にしてそれらを心得ている。振るう剣速すらもお互い認識済みだ。


 幾度か手合わせしていたが、オリヴェイラの技は一度も神門の身体に届かせうることはできなかった。だが、先ほどの神門の〟イアイ〝は脳裏に焼き付けている。今日こそ勝たせてもらう。


 決意の色も濃く、オリヴェイラはゆっくりと腰の後ろに手をやる。バナイブスは鉤爪に似た曲がった切っ先をもつ短刀だ。やや幅広の刃渡りはおおよそ四〇センチほどか。それを交差させた鞘から引き抜くと、オリヴェイラはゆっくりと構える。正対する神門は秋津刀を納めたままだ。


 オリヴェイラはバナイブスを眼前に揃えて、バナイブス剣術の礼『双剣拝礼』をとり、神門は直立したまま軽く頭を下げた。


「いくぞ」

「……」


 神門は応えずに納刀したまま、身体を軽く落とす。”イアイ”の構えだ。

 両者の距離は十歩ほど。神門はまず待ちに徹するつもりか。ならば、好都合というもの。先ほど焼き付けた”イアイ”ならば、時機タイミング次第だがなんとか対応できる。

 そう確信し、オリヴェイラはバナイブス剣術独特の緩急のついた足運びでじっとりと距離を詰める。対峙する神門は静寂そのもの。まるで樹木のようにただそこにいる。


 十歩の間断が九歩になり、九歩から八歩、八から七、七より六、そして六より――神門の右手が揺れた――オリヴェイラはそこから一気呵成に距離を詰めようとした、まさに刹那。


 神門が先んじて動いた。後の先々とでも言えようか。を読まれたオリヴェイラは充分に対応できなかった。いや、それでも秋津刀の動向には注意を払っていた。たとえ”イアイ”であろうと、その動きの総てを把握できないなどあるはずもない。それもそのはず。オリヴェイラの虚を突いたのは、撥ね上げた神門の脚だった。


 いくら示し合わせていた緩やかな動きだとて、即時対応はできぬ。意識の埒外からの攻撃ははたしてオリヴェイラの胴を薙ぐ形で寸止めされた。


「クソ!」


 数歩後退して仕切り直す。


 バナイブスを構え直すと、神門は秋津刀を抜き払った。まるで、先ほどの修練を裏切るように、彼は”イアイ”を見せ技にしてオリヴェイラの意識を釘付けたのか。いや、むしろ、直前で蹴りに修正したようにも思える。ただ、そのどちらであったとしても、オリヴェイラがしてやられたという事実に違いはない。


 踏み込んで、左のバナイブスを横薙ぎに繰り出す。当然、神門はそれを秋津刀でいなすか受け止める腹だろう。だが、神門の秋津刀一振りに対して、オリヴェイラはバナイブス二振り。右のバナイブスは完全にいている。

 はたして、いなされた左はそのまま流し、右がそれを追従するかたちで追いかける。その軌道の先には神門のくび


 ――とった。


 確信に心躍らせるも、その確信は現実のものになることはなかった。

 神門は既に一歩分歩を進めていた。お互いの肌が擦れ合う至近距離。そして、その間合いはバナイブスの間合いの内――刃の更に内側だった。至近距離。ならばと両手のバナイブスを引き戻すも――。


「詰みか」


 既にして、神門の左手には拳銃が握られ、その銃口はオリヴェイラの心臓を向いていた。例え体当たりをしても、それより人差し指が銃爪を爪弾くほうが遥かに早い。


 拳銃の使用は一回のみ可という縛りルールにはしていたが、幾度対戦をしていながら今の今まで彼は拳銃というカードを徹底して伏せていた。そもそも、この縛りを考えたのはオリヴェイラ自身。そこに思い当たらなかったオリヴェイラこそ迂闊うかつだった。


「あーーー!」


 またも届かなかった苛立ちを声に乗せオリヴェイラは叫ぶと、寝転んだ。声に驚いたのか、鳥が樹木より飛び立つ。神門はやおら刀を納めると、オリヴェイラの隣に座った。拳銃を右手に持ち替えてメンテナンスでもしているのか、慣れた手つきでいじっている。しばし銃のスライドなりカートリッジなりを確認した神門は最後に、照門の程度を見るためか、虚空を狙って構えた。やがて得心するように頷くと、軍服のジャケットの内側のホルスターに収めようとした。


「あ、ちょっとそれ貸してくれ」


 寝転んでいた身体を起こし、オリヴェイラが手を出す。神門はカートリッジを外してから無言で手渡した。


「いやぁ、懐かしいな。昔、教えてもらった以来か」

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