仮説

「まあ、入りな」

「あ、どうも。お邪魔しまーす」

「邪魔はいらん、さよなら」

「はぁぁぁ~? こら、ジジイ!」

「……早く入ってくれ」


 入り口でギャーギャーやかましくじゃれ合っているオリヴェイラとアラカムに、冷やかな神門の一言が刺さる。


「結構きついな、神門」

「ちょっとした茶目っ気じゃんよー」


 二人は口を尖らせて小声で抗議を訴えかけるも、神門は黙殺した。片や王族、片や科学者。この様子を目の当たりにすると、とてもそうとは思えぬ。わざと聞こえるように嘆息した。


 中は想定していたよりも広かったが、散乱した書籍や資料が間取りを圧迫しており、結果的には半分ほども有効活用されていないように見えた。壁の一片には棚があり、様々な生物の標本――特に化石類が多い――が飾られ、それぞれに何事か書かれた付箋が複数枚貼り付けられていた。机には束になったメモが積み重なり、危うい均衡の元、斜塔を形成している。棚の無い壁には研究用資料から引き伸ばしたと思われる解剖図などが領土を競い合い、群雄割拠の様子を呈している。とても生活空間とは思えぬ有り様だが、奥側に控えていたベッドと台所が生活の場であるという事実を辛うじてだが主張していた。


 オリヴェイラはよほど珍しいのか。好奇心に眼を輝かせて、棚に並んだ標本の数々を眺めている。 


「へ~、今も研究してるんだな。でも、せっかく研究してても発表できないいんじゃないのか?」

「ふぉふぉっ。別に研究を発表する気はもうないんじゃ。所詮、自己満足ジコマンよの」


 アラカムは愛しそうにヒトの頭蓋骨の標本を撫でる。


「――バラージ銀河移民説」


 神門のつぶやきにオリヴェイラが反応した。


「何、それ?」

「儂が提唱した学説じゃ。今でもトンデモ学説扱いじゃよ」


 抱えていた標本を棚に置きながら、アラカム翁は続け、


「そもそも、バラージ人の遺伝子傾向は銀河人類と似すぎておる。他惑星で発生した別の生命体が仔をなすほどの遺伝子的近似を見せるじゃろか」

「? そういうこともあるんじゃないのか? 宇宙は広すぎるほど広いし。確か、遺伝子をある程度自己操作できる種も発見されたとかなんとか……」

「いや、いくらなんでも確率が低すぎる。そうなれば、因果関係があって然るべき――銀河人類とバラージ人は単一種と考えられるということだ」

「左様じゃ、秋津の若者。調べれば、この惑星の生命体は二種類に分別される。バラージ人に似た遺伝子傾向をもつ生物、全く遺伝子傾向が異なる生物の二つじゃ。更に言えば、前者は五千万年以前の標本が全く発見されん。つまり――」


 ここで一息ついて、バラージ出身の惑星生態学者は声を落とす。


「五千万年前より忽然と発生した……」

「馬鹿な、ありえん!」


 オリヴェイラは首を振って否定した。


「そんな太古、銀河人類も宇宙進出すらできていない頃だぞ?」

「否定するのは簡単じゃが、実際にそうとしか考えられんのじゃ。新たな発見がない限り、な」


 自嘲気味に含み笑いすると、老科学者は資料に押されて、隅で申し訳なさげにしている台所で湯を沸かし始めた。


「儂も同意見じゃったよ。ありえない――じゃが、出た結果に耳をふさぐのは正しい学問の徒のする行為ではない」

「……」

「太古、未だ銀河人類が生まれた惑星ほしを脱せずにいた頃、星海を渡る手段すべをもつ何者かが――目的も定かではないが、人類を含めたその惑星固有の生物を惑星バラージへと移住させた。五千万年の時を経て、銀河人類は星の海に版図を広げ、そして、他惑星バラージに棲まう兄弟と再会した……」

「じゃあ、権能はどうなるんだ? 権能はバラージ独自のものだろう?」

「権能……か。権能をもたぬ王族が聞くのもなんとも皮肉な話じゃな。確かに権能と呼ぶのがふさわしいじゃろうな。バラージの大地に生まれたものの権能として与えられた異能。銀河人類とバラージ人が同一種であるならば、なぜバラージ人には権能が存在するのか――」


 話の最中にも湯が沸騰していたらしい。隠者が茶葉の入った急須に湯を注ぐと、みずみずしい葉の香りが辺りに充満する。


「証拠と言えるものは無いが、儂はそこにバラージ人がこの惑星に連れて来られた理由がある気がするのじゃ」

「ふ~ん……あっち!」


 どうやら猫舌だったらしく、緑茶の入ったコップを渡されたオリヴェイラは何の気なしに口につけ、熱さに声を上げた。



* * *



「なあ、神門……。俺たち、王都に戻れるのかな?」


 研究資料を無理矢理押しやって、なんとか二人が寝られるスペースを確保し、神門とオリヴェイラは横になった。


「さあな」


 アラカム翁曰く、洞穴の出口には荒獣が巣を作っているらしく容易に出入りができない状態であるという。


「どちらにせよ、ここで悩んでいても帰られるわけでもない」

「……そうだな」


 そういうと、オリヴェイラはそれきり喋らなくなった。彼らに静寂が横たわり、神門の脳裏には次第にアラカム翁の言葉がよみがえる。

 彼によれば、銀河人類とバラージ人は五千万年に引き離された同一種である。確かに、彼の著書「惑星バラージ・生態の謎」にも記していたと神門の記憶にもある。そして、荒獣――。生物学的に自重で崩壊しかねない巨体を維持した、人類を襲い呑み込む謎の巨獣。


 瞳を閉じる。ゆっくりと意識に帳が降りてくるのを感じる。ちらりとよみがえる巨獣。夜の空を浮かぶ、怪異なるヒト型の獣――ヒト型の荒獣。そして、白い法衣を纏った神官。存在を否定するかのような痛み。

 記憶の淵に残滓のようにこびりついたそれに導かれるように、神門は惑星バラージに辿り着いた。その先に存在るもの――逸脱者ヒトアラザルモノたちの結社らくど。彼から総てを奪ったものたちへの復讐のは絶えずに神門の胸中で燃え盛り続けている。


 暗闇の中、神門は堅く拳を握った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る