隠者

「うっ――」


 意識が浮上する。拡張現実AR化された色境に、神門はMBに乗っている間に気を失っていた事実を悟る。重力が横向きに感じられるのは、車体が横倒しになっている故だろう。

 とにもかくにも現在の状況を把握する必要があると判断し、サイクロップスの自己判断プログラムを走らせた。簡略化された車体図が呼び出され、各部に表示されたプログレスバーが現在の進捗しんちょく状況を大まかながらも知らせている。メーター左端から伸びた黄色のバーが右端に到達すると、一つまた一つと正常異常を色分けして表示していく。正常が緑、軽微の異常が黄、赤は完全に異常をきたしている色だ。


 ほどなく車体図は黄と赤のまだら模様に染まった。酷い状態だ。これでは車体を捨てるしかあるまいか。


 そう判断すると、サイクロップスの後部装甲を展開した。張力を失った鋼の屍体から這い出てると、バラージとは思えぬほどひやりとした空気を感じた。まるで氷室ひむろの冷たさだ。


 改めて、外側から見るサイクロップスは酷い有り様であった。ひとしきり義血が流れ出た後らしく、至る所に付着した墨色の血痕がそれを物語っている。右腕もどこかで引き千切れたか欠損し、脚部にいたってはごっそりと喪失していた。装甲もひずんで、いくら操縦席を衝撃から緩和できるようダメージコントロールがされているとはいえ、よくも大した怪我なくいれたものだ。生命を落としていても全く不思議はない車体状況に、神門は自分の悪運の強さを実感した。


 辺りを見回すと、ここは洞穴であったらしい。それもかなり広い。頭上から降り注ぐ光のおかげで、洞穴だというのに不都合がないほどに明るい。砂が継続的に落ちてきていることから察するに、頭上にある穴から落ちてきたとみえる。

 地の底に浮かぶ第二の恒星よろしく、地上から日光を運ぶ穴はまでは目算で三〇メートルほどか。よくあの高みから落下して生命があったものだ。権能があれば話は違うのかもしれぬが、それをもたぬ身の上である神門には到底よじ登れる高さでは、ない。


 嘆息して、再度視線を巡らせると見覚えのある砂色の装甲板を見つけた。見覚えがあるのもそのはず、これはオーデルクローネの装甲だ。駆け寄って検分してみれば、オーデルクローネもサイクロップスに負けず劣らずの凄惨な状況だった。サイクロップスよりも重厚な装甲を纏ってはいても、暴竜の尾の鞭打ちとこれほどの高度からの落下では大差はなかったということか。むしろ結果的にはかなりの衝撃を味わったらしく、ひしゃげてひび割れた装甲の破損のほどはサイクロップス以上だ。


 神門は、オーデルクローネの脇下部の装甲の隙間に緊急脱出用レバーを見つけた。ライダー自身が内部から出られない場合、外部から装甲を展開できるように、緊急脱出用レバーは外部各部に設置されている。神門が見出したのはその一つだ。レバーを引くと即座にオーデルクローネから離れる。装甲各部からパージ用の火薬が炸裂する音がし、強制的に装甲が展開される。前部後部側部……全ての展開可能な装甲が開き、操縦席が顕わとなった。


 外気に晒された操縦席ではオリヴェイラが力なく頭を垂れていた。神門はまずヘルメットを脱がし、外傷がないか確かめてからオリヴェイラを揺する。


「……ん~、神門か? って、うぉぉぉ~!」


 寝ぼけ眼で周囲に視線を巡らせたオリヴェイラは、神門の後ろを指さした。


「?」


 訝しげに振り向くと、背後からゆっくりと老人が近づいていた。砂漠という土地柄か、水分が少なく感じる肌には亀裂のような皺が刻まれている。頭頂部は既に髪はなく、後頭部に白髪が残されていた。額には黒子があり、ゆったりと纏った白いローブも相俟あいまってそれが仙人を思わせる風貌に拍車をかけている。


「いきなり叫ぶとは失礼な奴じゃな、オリヴェイラ王子?」

「いや、起き抜けにぬぼっと人の背後から近づくの見たら無理ないだろ……」


 どうやら、まだ頭が平常運転にはほど遠いらしく、王族たる振る舞いどころかサダルメリクやカウスメディアと接している時同様の態度のままで、それに未だ気づいてもいないらしい。


「ご老人、あなたは――」


 と、誰何すいかしようとした瞬間、神門の脳が老人の正体に行き着いた。写真の彼は今より少し若かったが、それでもその顔立ちはそのまま残されている。


「――アラカム・ヒブラ・アットゥーマン……さん、ですか?」

「ふぉっふぉっ、ご明察。若者にも儂を知っているものがいるとはな」


 一時は時代の寵児と持て囃されたのも過去の話、今は行方を眩ませたバラージ出身の惑星生態学者アラカム・ヒブラ・アットゥーマン。彼は、神門とオリヴェイラの目の前でにやりと笑っていた。


「まあ、こんなところで世話話もなんじゃな。とりあえず、儂の家でゆっくり話そうじゃないかね」

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