砂漠
無数に亀裂を刻まれた岩山が見える。寒暖の差激しい砂漠の気候に、膨張と収縮を繰り返し強要された岩山が膝を屈しようとしているのだ。砂漠
足元の岩がMBの荷重に圧されて砕ける。その影響で
岩石砂漠――。紅く熱された岩とそれが崩れた石が足元に広がっている。極点と僅かなオアシス以外は陸地が砂漠が敷き詰められている惑星バラージは、他惑星の人間からは
その岩石がそこらかしこに足元に散らばる地上を、MB二台と人を乗せた大きな鳥が三羽が行軍している。いや、人に背を跨られている鳥は二羽、一羽は一.五メートルほどの大剣を背に担いでおり、MBは前部装甲を展開して操縦席を露出させている。二台のMBの操縦席には神門とオリヴェイラが、鳥の背にはサダルメリクとカウスメディアが跨っている。サダルメリクとカウスメディアは白いフード付きのマントに、防塵と呼吸補助を兼ねたレスピレーターをかぶっている。
神門はサダルメリクとカウスメディアが跨っている鳥を見て、『惑星バラージ・生態の謎』の記述を思い出していた。
旧王国語で"砂漠の舟"という名をもつこの鳥は、ムームーという。体長二二〇~三四〇センチ、体高一九〇~二二〇、体重は実に三一〇~六四〇キログラムに至るムームーは、その鳥にしては大きすぎる体躯から空を飛ぶことができない。しかし、その代わりに獲得した砂漠への適応性と走行能力から、惑星バラージにおいて砂漠を渡る交易商人たちが砂漠を越える乗用家畜として重宝されてきた。
砂色の短い羽毛に包まれたムームーの背には、特徴的な二つの
砂漠地帯を走行するために特化された生態をもつムームーは、人間と同じく、この惑星には珍しく荒獣ではない動物だが、先祖は大空を飛翔する荒獣であったとされる。荒獣だったムームーが突然変異で巨体を維持できなくなり今の体躯にまで縮小され、同時に体重を押し上げる飛翔能力もなくしたのではないか、とは著者であるアラカム・ヒブラ・アットゥーマンの仮説である。彼によると、ムームーこそ荒獣のルーツを知る
バラージと銀河人類、荒獣とムームー。砂粒の一つにさえ遥かな謎を湛えた惑星を題材に、センセーショナルな世界観を打ち出し、学会に冷遇された末に行方を眩ませたバラージ出身の惑星生態学者。その居場所と彼の達した結論は、今や誰も知る由もない。
「なあ、そろそろその剣見せてくれないか?」
暑さを紛らわすためか、サダルメリクは神門に話しかけてきた。彼の声はレスピレーターでこもって直接は聞こえないが、内部に備え付けられた通信機が修正した音声を各自の通信機へと送信しているので、声は平素の彼のものと変わらぬ響きで耳に届く。
「剣士としては、珍しい刀剣には気になる質でな」
そういえば、出会った時にも、秋津刀が気になる様子ではあった。
「…………」
傷つけるなよ、と視線で訴えかけて、近づいてきたサダルメリクの手に秋津刀を渡す。
「おう!」
刀剣が気になるといった言葉は本当らしく、サダルメリクは嬉々とした声をあげる。確かに、秋津刀自体は有名ながら、実物はそう拝めるものではない。すらりと鞘から刀身を抜くと、彼は感心の口笛を鳴らした。
「これは……写真でも見たことがあるが、実物はなお美しいな」
鍛えられた刀身は熱砂の中であっても、麗水に濡れているような質感をもち、武具だというのに涼やかさまで感じられる。太陽の光を斬り裂いたように輝く刀身の、返しにより描かれた艶かしい曲線に魅せられてか、砂漠の剣士はほうと溜息をついた。
「これは――俺たちが扱っている刀剣とは違って、どちらかと言えば速度と技で斬る代物だな」
自らの脚やムームーを斬らぬように留意しながら、横の空間を素振りしつつサダルメリクは分析する。
「うーん。魅力的だが、俺には使いづらいだろうな」
サダルメリクのもつ大剣に限らず、バラージで流通している刀剣類は押し並べて力と重量で押し潰して断ち切る性質のものだ。
「ダメだ、刃筋がうまく立たん」
対して、秋津刀の場合、まず刃筋が立たなければ刀剣としての切れ味は活かせない。振るうにしても、その軌道に
サダルメリクの場合、バラージ製の刀剣に慣れ親しんだため、軌道の
サダルメリクが首を傾げながら、剣筋を安定させようと藻掻いているのを見て、神門はふと思うところがあった。
何ゆえにオリヴェイラが本人MB問わず、近接戦闘で脆さを露呈させるのか。
権能者前提の文化をもつバラージでは、ある程度の
そう思えば、権能をもたぬオリヴェイラに権能任せのその戦術戦法が馴染むはずもない。彼を指導するものも権能者であったなら、その戦術の見えぬ瑕疵に気づくことなく、オリヴェイラに教授していたことになる。
「そろそろ奴の縄張りだ」
いつしか
「そろそろ、ムームーを置いた方がいいかもな」
彼の声に、剣士は秋津刀を鞘に収めると、神門に返した。
神門がキングダムガードに編入して一ヶ月後、与えられた任務は特殊指定荒獣、暴竜ラリオウスの捕獲だった。
惑星バラージでは緑広がる極点に集中して棲息している竜種だが、何事にも例外は存在する。ラリオウスもその一例だ。ラリオウスは砂漠を生息圏としている珍しい竜種であり、その希少性から生態研究が進んでいない。しかも、強靭な肉体とその身の丈に収まらぬ暴虐性をもつラリオウスは、過去に都市部に侵入して甚大な被害をもたらした記録もあるため、バラージ王国では発見次第即対処を要求される特殊指定荒獣とされている。研究価値が非常に高いが、その気性故に個体数も少なくサンプルを捕獲するのも至難の業。厄介きわまる荒獣であることは間違いないだろう。
オリヴェイラがムームーをここで待たせようというのは、ラリオウスと相対した時にムームーが騎手の制御を離れる可能性が高いからだ。惑星バラージに棲まうものの遺伝子にまで刻むほどに、ラリオウスの雄叫びは他種の原初的畏怖を喚起させる。それに晒されたムームーが恐怖の余り、騎手を振りきって逃走したとしても致し方ない話だ。
サダルメリクは巨鳥から降りると、別のムームーに背負わせていた大剣を手に下げた。人体にとって過度な質量をもつことは容易に推察できる大剣だというのに、僅かほどにも均衡を乱していないのは、如何なる左道の業か。カウスメディアもムームーの上から回転しながら飛び降りた。着地の際、足を揃えながら手を広げていたのは、何かの競技の真似事だからだろう。
「
「さて、行くか」
「おう」
おどけて自己採点するカウスメディアに、示し合わせていたとは思えないがサダルメリクとオリヴェイラは揃って無視する方向に落ち着いたようだ。神門もそれに倣って、MBの歩を進ませ始める。
「ちょ……待ってよ」
つれなく歩き出す三人を追いかけるカウスメディア。それを見つめていたのは、彼らが連れてきていた三羽のムームーだけだった。
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