章之弐

訓練

 一六〇〇時、夕刻に差し迫ろうとしている砂漠地帯。遮る雲のない空は未だに明るく、太陽の傾きが無ければ亭午ていごと錯誤しても仕方ないだろう。


 逢魔ヶ刻もほど遠い砂漠に、踊る二つの人影がある。否、人影というには縮尺が狂っている。滑らかな挙動は確かに人のそれに近いものの、影から覗ける無骨な直線と聞こえてくる駆動音は決して人のものではない。


 二つの陰翳かげはMB。一台は砂漠対応の迷彩マントを被り、バナイブスという短刀を両手に果敢に一方を攻め立てている。残るもう一台は、砂色に迷彩塗装されたサイクロップスだ。サイクロップスは諸手に何も装備していない。迫るバナイブスの刃に身を晒しともすれば斬り裂かれる危険があるのだが、その挙動には緊張から来る躊躇は寸分もなく、刃の辿る軌跡の脅威の外へと躱しまたはいなしヽヽヽ続けている。

 二振りのバナイブスを揮うMBはオーデルクローネ。王衛隊にて制式採用されているMBの中でも最新型のものだ。元々、市街戦用兵器として銀河に広まったMBではあるが、惑星バラージにおいてはその寸尺が荒獣との戦闘に向いていたことから、主に外人部隊で砂漠仕様に改良されたMBを使用していた。

 本来、脚部にはリパルションクラフトを応用したホバーブレイドが設けられているが、接地面にスキーボードに似た板と無限軌道を合わせた砂蜘蛛と呼ばれる砂漠地帯用脚筒を装着している。MBの多くはホバーブレイド作動の弊害になる足部が存在しないのだが、そのような憂いから開放されたオーデルクローネは砂蜘蛛という足で自重を分散して、しかと砂漠を踏みしめることができる。


 両腕のバナイブスを振りかぶったオーデルクローネが熱砂を蹴り圧して、宙空へと身を躍らせる。飛び跳ねるのに都合が良い鳥類の下肢を模した関節構造になっているのも、オーデルクローネの特徴だ。いくら傑作機とはいえ、通常の人体構造を模したサイクロップスではかなわぬ跳躍力を見せつけて、オーデルクローネはサイクロップスの肩ごと両腕を斬り落とそうと太陽の照り返しも眩しいバナイブスを振り下ろす。


 バナイブスが自らの肩に到達するまでの隙を見計ったサイクロップスは、もはや動きの修正が効かぬ瞬間までそれを引き付けると、弾けるようにオーデルクローネに向かって跳んだ。


 刃圏の内の内、喩えるならば台風の目の凪。いくらバナイブスが鋭く、触れたものを削ぎ落とす強靭な刃物であっても、その刃が触れぬものには無力でしかない。バナイブスに剃り落とされた風が哭くも、既にその刃が辿る軌道の内側にいたサイクロップスを傷つけること能わず。

 むしろ、その主が鉄の塊サイクロップスもたれかけられた衝撃に倒れ込んだ。


『いってー』


 その声が舞踏の終了を告げた。仰向けに倒れたオーデルクローネを起こし、背面から這い出てきたのはMB用装備に身を包んだ、少年とおぼしき背丈の兵士。顔を覆い尽くすフェイスガード付きのヘルメットを脱ぐと、くせ毛の髪を汗で濡らしたオリヴェイラのかおが顕わとなった。しとどに流れる汗は熱砂のせいだけではあるまい。元より、申し訳程度の耐熱加工を施しているとはいえ、太陽に灼かれた鉄板の中に閉じ込められているようなものなのだ。


「MBの操縦に関してはそれほど悪くない」


 サイクロップスから――こちらもヘルメットを脱いだ神門がサイクロップスから降りていた。彼も、やはり同じようにバラージ名物の鉄板焼きを味わい、顔を紅く染めている。

 額の汗を拭いながら、腰に下げていた水筒の栓を空けると中身を嚥下した。中身はアイソニック飲料で、失われた水分やミネラル分を補充、クエン酸やブドウ糖など回復効果をもつ成分を含んでいる、ある種、砂漠に必需品である飲料だ。


「だが、接近戦には合ってない。攻め時と守り時の見極めがうまくない」


 そう、神門が頭を悩ましているのはそこだ。こればかりは教えてどうにかなるものではない。

 オリヴェイラはMBの操作技術に関しては、卓越しているとはいえないまでも及第点は与えてもいい腕前はある。ただ、近接戦闘を仕掛ける時機の見極め、刀剣の技、近接戦時の選択がどうしても稚拙なのだ。とはいえ、これは経験と感性センスに根ざしている問題といっていい。


「今日の訓練は終わりだぞー」

「つっ枯れた~」


 訓練の終わりを告げるサダルメリクの声と、まさに枯れ果てたようなカウスメディアの声が届く。声の方を向くと、大剣の収まった鞘を左手に下げたサダルメリクの後に、ゆらりゆらりと屍人のように足を引きずる金髪の少年が歩いてくる。


「ここまでのようだね」


 その様子に苦笑しながら王子は神門に向き直る。


「……のようだな」

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