権能

 惑星バラージ。

 海の青と砂漠の赤茶けた色、そして緑に広がる極点と砂の色に埋没しそうなほどに慎ましやかなオアシスの緑が点在する惑星。


 人類が母たる惑星を脱して宇宙に版図を広げて幾星霜、人類が大宇宙で出会った唯一の異星の民たるバラージ人と、荒獣こうじゅうまたはアラケモノとも呼ばれる、全長数メートルから時には十メートルを越える獣がが棲まう惑星だ。


 人類が初めて出会った異星の友は、不可思議極まることに人類に酷似していた。いや、酷似というよりは同生物種、様々な要因も人種的な差異でしかなかった。


 そう、人種的なレベル。

 彼ら、バラージ人は人類と遺伝情報においても人種レベルの違いしか存在せず、その証拠に交配して仔をなすことさえできた。

 果たして、出自が異なる惑星で育まれた生物がこうまで――外見だけではなく遺伝レベルに至るまで似ることがありえるのだろうか。かくも不可解な命題に、銀河中の科学者は首を傾げるばかりである。


 ある惑星生態学者の論文には"我々、銀河人類とバラージ人は、偉大なる宇宙の建築者によって枝分かれされたのではないのだろうか?"とある。彼の研究によると、バラージ人と人類の体内組織に、同じ惑星に発生したとしか思えないある種の酵素が存在しているという。

 その論文には――この事実から、バラージ人と銀河人類種は進化の過程の中で意図的に分別されて、バラージ人はバラージへと移住させられたのではないか――といった仮説が提唱されていた。

 学会はこの小説のネタのような話を冷笑に付し、結局、人類とバラージ人の謎は未だに解明されていない。


 更に、バラージ人及びバラージの混血に顕れる怪異な現象を司る能力――権能と呼ばれる異能が、生物学的謎に拍車をかけている。

 何故、全くの同生物種であって、バラージ人にのみ権能が顕れるのか。

 バラージという惑星ほし大地つちがそうさせたのか、または度重なる荒獣との戦いの歴史が彼らに新たな進化を促していたのか。詳しいことは未だ砂塵の向こうで見えてこない。


 惑星バラージ。未だ大いなる謎をはらんだ砂漠の惑星。

 この惑星全土の統治は土着のバラージ人の国、バラージ王国が担っている。

 数十年前までは数少ないオアシスに建てられた街が点在していたに過ぎなかった惑星だったが、義体やMBなどの人工筋肉を稼動させる義血の良質な原料が採掘されたことから、激変。先々代と先代国王の政策により緑化と都市化を進められ、現在では交易の中継惑星として急速な発展を遂げている。

 惑星最大のオアシスに建造された王都は、かつて石造りの低い建物で占められていたが、今では摩天楼が連なる近代都市だ。

 古い街と近代的な建物が共生する独特の街並み、そして地平線の彼方まで広がる砂漠のコントラストは観光にも人気があり、国民の人口よりも近隣諸惑星からの観光客の方が多いほどだ。


 ただし、都市から出ると、荒獣たちが闊歩かっぽする厳しい砂漠の現実が待ち受けている。

 王都は荒獣の侵入を防ぐため、古くは石壁、現在は電磁バリケードで囲まれている。また、王立防衛庁麾下きかに組織された王衛隊により、日夜警備と調査が行われている。王国にとって、荒獣は押し留めなければならぬ災害であり研究対象なのだ。

 過去、石壁を突破した荒獣に都市機能を麻痺された歴史もあり、彼らの撃退と研究は王国にとって長年の命題なのである。


 王立防衛庁王衛隊、その外人部隊。

 王国では珍しく火器や機械兵を用いる、外様とざまの兵で構成された部隊だ。

 そもそも権能を持たぬ外部の人間では近代兵器無しでは荒獣に抗しうることなど不可能だ。故に、近代兵器を忌避するバラージ王国において外人部隊は、例外的にそれを行使する部隊として存在している。

 龍神神門は現在、その王衛隊外人部隊に籍を置いていた。


 王衛隊の仕事も終えた、翌日の夕刻。神門はまたも茶店通りに足を運んでいた。任務を終えて、珈琲を飲みながら本を読む。ここに来てから、もはや日課になっている。神門はいつもの茶店に向かいながら昨晩のことを思い出していた。


 オリヴェイラ王子には驚かされた。

 まさか王族が王衛隊で――しかも、王国では扱うものが殆どいないMBに乗って荒獣と戦っていたとは……。結局、昨晩はあの後、二、三ほど話をして、宿舎まで丁重に送られた。狐につままれたような気分だ。


 気がつくと、茶店の前に到着していた。いつものように店内に入ると、不意に名前を呼ばれ、反射的に振り向くと、そこには二人の少年が席に就いていた。


 浅黒い肌に黒いくせ毛の少年が莞爾かんじと笑って手を振っている。薄手の白い立襟のジャケットとダメージ加工されたジーンズに赤い靴底が特徴的な白いブーツを履いている。

 如何にも洒落っ気のある歳相応の民に見せて、その瞳に潜む高貴な輝きは隠せない。赤いズリーバンを首にかけており、彼の正体を知らなければただのストールにしか見えないだろう。


 連れの方はというと、砂漠の民には似つかわしくない照りつける太陽をよく反射しそうな金髪の少年だ。七分丈の白いドレープパーカーと同じく七分丈のカーゴパンツを着、ジップアップのスニーカーを目立たせている。

 彼も近衛隊の一員なのだろう。

 昨日の青年サダルメリク同様、認識票とキングダムガードの紋章の一部を象った首飾りをしている。サダルメリクとは違うのは、象った意匠が、少年の上半身と馬に似た下半身と蛇腹状の節に分かれたさそりの尾をもつ合成獣キマイラが弓を引き絞った姿になっている点だ。


 服装で一瞬誰か分からなかったが、黒髪の少年の正体に気づき目を瞠った。

 彼こそ、昨夜に拝謁したオリヴェイラ王子その人だったからだ。庶民の服装――といっても、着衣自体は相当値が張るものなのだろうが――に扮して茶店で神門を待っていたのか、昨晩の青年サダルメリクに似た悪戯っぽい笑顔を見せている。


「……」


 我知らずに嘆息をつきながら、神門は招かれたテーブル席に座る。


 眼の前の少年が王族と弁えた上で努めてぶっきらぼうな態度は、神門なりの気遣いだ。この場に王子閣下がいるという事実、当の本人はできれば隠し通したいに決まっている。でなければ、わざわざ――神門を驚かしたいという悪戯心もあるだろうが――庶民に扮する必要はない。

 このような諧謔かいぎゃくは勘弁してもらいたいものだが……。


「ありがとう」


 神門なりの意図を察したのだろう。オリヴェイラは嬉しそうに笑った。


「わざわざ気使ってもらって悪いね」

「いや……それより随分と――」


 神門は声を潜めて言った。


「不用心すぎます。護衛一人だけとは、貴殿の生命を狙うやからがいないとも限りません」


 事実、周りに護衛と思われる気配は、同じテーブルの金髪の少年以外にはない。キョロキョロと辺りを窺う小動物的な雰囲気を見せているが、物珍しさから来る好奇の眼と偽装して、周囲を警戒している。


「いや、俺を狙う奴なんていないよ。ワリが合わないからね」


 指摘した神門の言に、オリヴェイラは少し哀しそうに見える笑みを見せた。


「?」


 王国において最大の権力を握っているといっても過言ではない、王族ロイヤルファミリーたるオリヴェイラの言葉とは思えぬ。


「外から来た人には分からないだろうけど王国ここでは有名な話だよ」


 潜めていた声を元に戻して、オリヴェイラは告げた。彼に――王族にとって、致命的かつ残酷な事実を。


「先王の王太子は『無権能者』。半分王族から除名されている、半端者さ」


 無権能者――バラージ人に生まれつき備わっている権能を持たざる者たち。その数は決して多くないが、無権能者たちは両親の権能の有無に関係なく誕生する。この惑星バラージにおいて権能を持たぬという事実は、何よりも過酷だ。荒獣に対して抗しうる術がないのだ。


 権能により義体処置者サイボーグ並の戦闘能力をもつバラージの民は、その自らの身体能力に対する矜持きょうじ、更に信仰上の理由にもより肉体機化ハードブーステッドを忌避し、近代兵器を拒み、持って生まれた身体と剣や槍などの古めかしい武具に重きをおいている。無権能者に如何に厳しい社会か推して知れよう。


 そして、王族でありながら無権能者として生まれた者――オリヴェイラ。先王健在時、本来ならば第一位王位継承権をもつはずだった彼が第二位に甘んじ、先王崩御後に現王キルシュタインが嗣いだことから王位継承権が消滅した理由が、これだ。


 惑星外からの客人も増えた王国において、無権能者は今や表面上には卑下の対象ではないものの、無権能者の王子というものは前代未聞だ。

 そもそも、王族は権能『王権・勅令』を継承させるため、血脈を練磨してきた戦士の末裔だ。市井の民衆ならいざ知らず、王たる資格とも言える王権を持たざる者が王族足りえるのか。


 急激な発展を遂げたバラージ王国ではあるが、砂漠の民は保守的な一面をもつ。

 そんな彼らの無意識かつ潜在的な糾弾に先手を取る形で、先王はオリヴェイラの王位継承権の順位を落とした。今になって思えば、英断だったのかもしれぬ。オリヴェイラは王族の無権能者を許さぬ勢力に暗殺されずに、今も生きている。

もしも、彼が先王崩御後に王位に就いたならば、おそらくは――。


 だが、善きにせよ悪しきにせよ神門は外様の人間であるし、当然権能ももたぬ身の上だ。そんな彼には、この国に横たわっている無権能者への価値観は下らぬ慣習としか映らない。


「権能なんて王に必要なんて思えんがな」


 一言で切って捨てた。横目で神門を伺っていた金髪の少年がその言葉を聞いて微笑んだ。オリヴェイラは驚いたような表情をし、「連れ以外でそんなこと言われたのは初めてだ」とごちた。


「それより、何の用だ?」


 オリヴェイラの事情は分かったが、結局、民衆に紛れて神門を訪ねてきた理由は全く判らぬままだ。元々、神門はこのような会話は苦手だ。早く本題に入って貰いたい一心で切り出した。


「僕から言わせてもらうよ。僕はカウスメディア・テルム。よろしくね」


 片目を閉じて、初対面の挨拶もそこそこに本題を口にした。


「単刀直入に言うと、キングダム・ガードに入らない?」


 一体どうして、そんな話が出てくるのか。そもそも、近衛隊に外国人――旧世界の習慣に従い、他惑星籍の人間は外国人という――の、たかだか一度だけ王子を、しかもそうと知らずに助けただけにすぎない神門が近衛隊に誘われるのか。

 神門には全く理解できなかった。ただ、一つだけ確かなことは、今日もまともに本を読めそうにはないということか。

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