王都
夕刻の王都。
砂漠の夜は思いの外冷え込む。既に太陽は制空権を月に譲り渡し、大気は熱を失ってひやりと肌寒い。
立ち並ぶ楼閣をすり抜けて沈む紅の陽に、王都の陰影がはっきりと映し出されていく。薄闇に彩られ始めた王都にぽつりぽつりと点りだした淡い灯に照らしだされた路地や建物が浮かび上がり、その間に間にをゆく民の姿が夕闇の中に揺れるように動いていく。
旧市街、ガフザキヤと呼ばれるオールドタウン。
白い石壁が路地へ続いていく、地区全体が――設備自体は新しいものだが――古式ゆかしき外観の『石と風の街』である。
茶店通りという、旧家を改装した
その茶店通りを構成する茶店の一つ、ギャラリーカフェ・ミヤビィ。
外気遮断のための厚いビニールをかけている入り口を抜けると、かつての豪商の宅地を改装した広めの店内と棚に飾られた工芸品が出迎えてくれる。
この工芸品は調度品であると同時に展示販売されているそうだ。硝子で隔たられた中庭から小川のせせらぎが店内を横断するという、砂漠の街の茶店とは思えぬ趣向が凝らされている。
そんな店内の隅、ひっそりとした二人席の椅子に座り本を読んでいる少年がいた。明らかに王国の民ではない風貌。砂漠の民に比べ白い肌に直毛の黒髪、涼やかな黒瞳、彫りが浅い顔立ち。何より、剣帯に挿した刀が雄弁に物語っている。
小惑星神州秋津に住まう民族、秋津人に相違あるまい。
「相席、いいか?」
突如声をかけられた少年がやおら顔を上げると、正面にいたずらっぽい笑みを浮かべた大柄な青年の姿。黒いジャケットの上に白いローブを羽織り、黒いコーンロウの髪を後ろで結んだ、如何にも砂漠の民といった褐色の肌をした青年だ。
左手にはアタッシュケースのようなものを提げている。一瞥すると、黒髪の少年は手で向かいの椅子へと促す。
「どうも」
やんちゃな雰囲気を醸し出す笑顔で礼を述べると勧められた席へどかりと座った。手に下げていたケースを床に置くと、どすんと重い音が揺れる。どうやら、相当な重量物らしい。ちょうど既に頼むものは決まっていたのか、注文を取りに来た店員に「あ、俺、コーラとかき氷ね」と告げた。
席に着いた途端、青年は緊張を解くように大きく嘆息した。ごきりと骨が鳴る音が響いたのは、彼が肩をほぐすように動かした故だろう。
少年――
ラリエットの錘……掲げた水瓶から滴る波に乗った乙女は、王国に伝わる女神の似姿。あれは、王立防衛庁王立防衛隊、近衛隊・キングダムガードの紋章の一部を象ったものだ。
王国の法により、これを身に着ける資格をもつものはキングダムガードの一員に限られる。
「お待たせ致しました。コーラとかき氷でございます」
ことりとテーブルにコーラとかき氷が置かれる。青年は待ちかけたと言わんばかりに満面の笑みを浮かべ、コーラの一部をシロップ代わりにかき氷にかけた。
「その剣、珍しいな。ちょっと見せてもらってもいいか?」
なれなれしく話しかけてきた青年の声を聞いているのかいないのか。神門は読書のポーズを変えようとはしない。だが、青年はそれを気にした様子はない。
汗をかき始めたコーラをぐいぐい喉ごしを味わうように飲み、かき氷を口に入れる。どうも、冷気が頭に響いたらしく、顔を
気を取り直した様子でなおも一人語りのように神門に話しかける。
「龍神神門――神州秋津出身。十七歳。
まさしく、神門のパーソナルデータだ。しかも、解せぬのは、その情報の正確さだ。
彼ら外人部隊隊員は入隊した際、王国政府より偽名の戸籍を与えられ
だからこそ、彼を"龍神神門"と呼ぶのは二通りの人間しかいない。外人部隊所属前から彼を見知っているか、もしくは公式記録よりも深い事実を調査できるもの――。王族近衛隊たるキングダムガードは、そこまでの権限をもつのだろうか。
訝しげに紙のページに落としていた瞳を青年へと上げる。それを意にも介していないというのか、青年は朗々と続ける。
「終戦直前、突然消息を絶ち、終戦後、惑星ロッテマーズのスラム玄天街に姿を顕す。ただし、記憶障害を起こしており、消息を絶った頃の記憶は喪失している」
「……」
じゃらりと金属の擦れ合う音。腰の刀に手をやった神門の動きに、鞘と剣帯を結ぶ飾り鎖が音を立てたのだ。街の喧噪が遠のき、二人の空間が衝突の予感に歪む。
「悪いな。調べさせてもらった」
青年は頭を下げた。
「でも、ようやく話ができそうで何よりだよ」
そう言うと、青年は指を組むと椅子にもたれかけた。大柄の青年は体躯に見合った体重をもっていたらしく、椅子が抗議の軋みをあげた。
「実はな。君に会ってもらいたい人がいるんだ。……いいか?」
そう言いながら、
「――――」
神門は瞳を伏せ、読んでいた本を軽く上下に揺すり、拒否の意を示した。
「君に助けられた男が感謝を述べたいってな。それで、一緒に来てほしいんだが――」
「……どうでもいい」
むべなく言い放つ。
「感謝が言いたかったら、自分で来るのが筋だ」
困ったような表情で青年は頬を人差し指で掻くと、曖昧に笑った。如何にも困り果てたといった表情だ。若くしてキングダムガードに入隊している手前、様々な関係があるのだろう。
「――まあ、それはそうかもしれんのだが……」
そういうと、はにかむように片目を閉じながら、両手を合わせて神門に拝んだ。
「頼む! 助けると思って、来てくれ!」
神門としては頷く理由はないのだが、青年の立場を
「切りのいいところまで待て」
本をゆるく上下させつつ神門はため息交じりに承諾した。
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