孤影

 記憶を無くした自分を抱きしめてくれた混沌と無秩序の都、玄天街の入り口。そこに神門はいた。


 犇めき寄り合った建物に、ひっそりと開いた孔。外からでは明るすぎて、内部の様子は全く窺えない。

 神門は闇の坩堝へ頭を下げた。見送る者はいない。陽光が照らす外界に身を晒せば生命を枯らすものがいる以上、致し方ない話ではあった。


 ある意味、第二の故郷とも言えたのかもしれない、退廃の街に背を向けて神門は歩き出した。

 出会いがあった。再会もあった。別れもあった。全てを胸に秘めて、少年は荒野に足跡を残す。

 道は遥か荒野、地平線の彼方。背嚢はいのうを担ぎ、孤影の大地を踏んで歩を進める神門の姿はやがて揺らめく大気に霞んでいった。



 * * *



「メルドリッサ査察官はよくやってくれましたわね」

「……ああ」

「不完全な形であることは否めないが神化が始まった。開闢の時は着実に近づいている」


 孤影を道連れに荒野を歩き出した神門の姿を、玄天街の混沌たる楼閣の更に上空から三つの白い陰翳が見つめている。

 神門を俯瞰している彼らは法衣を纏った人外の神官。神門の記憶の残滓にこびりついた三人の神官だ。


 不完全なる再誕の儀――。

 龍神神門に埋め込まれた太極炉と、彼と同化するはずだった神の身体。太極炉と神の身体の二つによって、彼は神化するはずだった。だが、事故により神の身体が機兵を取り込んだことで、神性を二分されてしまった。


 神の身体は元来自らを駆動させる頭脳みかどと機体管制ユニットを誤認したのか、電子に潜むプログラムと同化、これに神性と肉体を与えた。


 起源を電子の奴隷とする、人形の神格の誕生である。そして、太極炉というエネルギー源がない以上、神の身体と同化した人形は時をめたまま、ただそこに在るだけだった。


 かくも業腹なのは人の親の情といったところか。氷月教授――創世結社のメンバーであった彼の裏切りによって、神門の無謬たる神への深化は阻まれてしまった。


 荒療治だったとはいえ、メルドリッサが龍神神門と人形さくやを接触させたことで、凍まっていた時は刻み始めた。


 同化――完全なる自らの身体としてではなく、搭乗という行動によってだが、神の身体は動き、更に龍神神門自身の太極炉も活性化を始めた。


 裏切り者の氷月教授の始末と龍神神門の神化を促したメルドリッサの功績は計り知れない。


「本当に美事みごととしか言えませんわ。不気味なほどに……」

「だが、此度は彼奴きゃつにしか出来ぬ大仕事だったのは認めねばならぬ」


 そう、あまりにもメルドリッサの描いた道標みちしるべ通りに事が運んでいる現実を前に、超越者たる彼らですら薄ら寒いものを感じる。


 暫し彼らを支配した沈黙を乱したのは、人在らざる異感覚が主たるものの胎動を感じた故だ。神々しき波動、嬉々とした感情が孕んだ脈動に彼らは浮き足立った。


「おお、感じたか? 我らのきみもお喜びになっておるぞ」

「ああ、感じておる。やがて来る新世界の胎動よ!」

「二柱の神がたま削る、美しきいくさ……。早くこの目で見とうございます」


 いずれ来る、神々の相剋。

 美しくも苛烈な未来図に彼らは法悦たる表情を見せる。三神官の笑いが空無き街の暗がりに響き、声が消えた時にはその姿もまた雲散霧消していた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る