変神
「私を――」
手を差し伸べくる咲夜に合わせるように、神門は呆けた半無意識状態に手を伸ばす。
指先が触れるか触れないかの距離へと至った刹那、丹田辺りから光の奔流が迸り、それは渦となり、瞬く間に神門と咲夜を包み込んだ。
金屏風の輝きの中で、そこでは重力すら蚊帳の外なのか、先程まで身を包んでいた墜落の絶望感ももはや無い。周囲を粉砕された翼も痛ましい
ありえぬ怪異、ありえぬ現象を当然の事のように、どこか他人事のように感じながら、神門は眼の前の咲夜を見る。
眼前の少女は
「――委ねます」
咲夜が告げた途端、神門の丹田から更に光が灯り、彼女を照らしだした。あたかも、
彼女の影が空間に大きく写し、そこから膨大な気配をもつ『何か』を感じる。
影から咒的な意味合いを持っているであろう鎖の文様が噴き出し、咲夜を縛った。
それが呼び水だったのだろうか、影と同化した『何か』が質量を持ちだした。何故か、心臓が一際高く打たれた。
全長は一七メートル未満ほど。
咲夜の影を媒介に此岸へと降臨するそれ。喩えるならば、銀色の金属製の骨格に金の糸を紡いで構成された筋肉繊維を貼り付けた――無惨にも表皮が剥がされている人体か。だが、身体の構成は人に似ていながら、決定的に異なるシルエットの体躯。
それは、明らかに足りぬ――生物的、或いは機械的にも明らかに欠乏している、骨と筋繊維だけ残された遺骸だ。身体を動かす機関、身を守る表皮、外界を知る眼、全身を統制する神経、体躯を駆け巡る血流、それら全てが欠けている。
だが、禍々しくもどこか神々しい気配を放っているのは、それが人の世を超越した存在だからだろうか。三神官のもつ気配に似ていながらも、明らかに超えている荘厳にして広大な気配。
壮大な存在力は質量さえもち、引力さえ伴うというのだろうか。
衛星と化した夜烏の残骸が螺旋を描きながら引き寄せられ、衝突寸前に自ら砕けて塵のように細かい破片となり、先ほどの咲夜と同じく、遺骸を足元から
ほどなく、夜烏の破片は全身を包み込んだ。
表皮を纏ってしまえば禍々しさは鳴りを潜め、スマートな陰翳もあり、至高の彫像の如き気品すら感じられる。
全身を構成する色が黒を基調にしているのは、取り込んだ夜烏に夜間迷彩が施されていたからだろうか。
だが、たとえ人に近い構造をしても、たとえ優美な外観を持とうとも、異形には違いなかった。
五指の小指側に
抽象化された鬼か龍を思わせる
腰部には、宝玉か細胞核じみた球体が嵌っており、神門の丹田の光と呼応するように瞬いている。背なの黄金の脊髄か龍の背鰭に似た突起から噴き出ている光炎の輝きが、一際世界を灼く。
胸部をはじめ、肩部、腰部、脚部を包んだ金属的な硬質さをもつ装甲には夜烏の名残なのか、各所に何らかのマーキングがあるが見た事がない文字で構成され、神門には判読する事ができない。
脈動に併せて――心臓に類する機関があれば、の話だが――黄金の蛍火が、幾何学的な文様に沿って全身へと趨り、そして折り返す波の如くに返ってくる。ところどころ、表皮から龍鱗を想起させる
だが、そんな機械的側面を持ちながらも、関節部の筋肉繊維や装甲を除いた表皮など有機的な軟質さも併せ持ち、無機物で構成されているというのに不可思議な生々しさを
遺骸から復元、否、換骨奪胎と呼ぶべきだろうか。足りぬ身体を夜烏の残骸で補完し、彼岸より顕現したそれの首元に、首飾りよろしく機械に
凍まっていた時が動き始めた。
金屏風の世界が光に溶けていき、現実を侵食していた
だが、莫大な神気とも呼べる気配をもった『それ』は金屏風の世界が去っても、存在力を些かほども揺るがせる事もなく、悠然と月の支配する
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