相克

 轟音――ジラの放ったメイサーの熱光線による爆音だ――を契機に動いた三者は、まさしく存在を削り合うが如き戦闘を展開していた。


 黄金劇場はもはや打ち捨てられた廃墟と見紛うばかりの惨状だ。


 眼に沁みる土煙と硝煙が安酒場の天井に揺蕩う紫煙のように立ち込め、床面は無傷な場所があるのかと疑問すら抱きたくなるほどに砕け散り、彫像が浮き彫りにされた柱の数々も五体満足なものがあるのかどうか。それでも飽きたらぬというのか、彼らが動くたびに煙が身をよじり、床面は悲鳴を上げ、柱が崩れる。


 三つ巴の決闘。修羅の戦場いくさばの趨勢はいつしか均衡していた。


 悪鬼羅刹の苛烈な暴虐本能の命じるまま、ボブは圧倒的な手数と圧力で押し切る。全てが大振りで野性任せで、一切の守りには目を塞いだ攻撃一辺倒で、致命的な攻撃のみに目ざとく反応し回避する。

 既に、丈夫な軍用コートも彼の足腰が可能とした容赦無い空気抵抗と、身体で受け止めた幾多の攻撃により襤褸々々ぼろぼろで、それが残虐嗜好をもつ無慈悲な死神のローブにも見える。


 化生たちの判断速度と瞬間的な機動性に遅れを取りながらも、破滅の銃弾を篭めたライフルと巨人の甲冑を武器に、パイソンは些かも見劣りしない戦いぶりを見せつけていた。

 ある意味では、魔獣よりも無骨に過ぎる戦いぶりではあったが、その分、野性トリッキー理性セオリーの入り混じった攻防は予測しにくく、また破られにくい。

 また、MBでは人間大の、所謂いわゆる超人と戦うには条件が厳しい。

 MBはあくまでも対MB、対人――常人なまみから総身義体者パーフェクトサイボーグまでの用途で使用される兵器にすぎない。人体サイズでMB並みかそれ以上の動きで戦う魔人を捉えるのは難しい。

 だが、パイソンはその自明の理もどこ吹く風か、魔人の中でも上位に当たる者たちに拮抗している。

 これぞ特殊部隊ノスフェラトゥ――魔人たちと相克するMB乗りライダーの戦闘技術。魔の領域に踏み込んだ者を罰する、人にして殲鬼となった者達に必須の――神門は持ち合わせていない戦闘体系だ。


 水流の滑らかさの体さばきで踊るメルドリッサには一筋ほどの傷もない。だが、現状において一撃が致命的となるのは彼だ。


 通常なまみの人間から見れば脅威的な身体能力をほこる吸血鬼とはいえ、総身義体程の頑強さもなく、鋼鉄の装甲に守られているわけでもない身体だ。だが、大鎌が火花を散らしつつ全ての脅威を払いのける。

 メルドリッサ自身が水流の動きならば大鎌は水車だ。王の身体を火花の水飛沫が彩る姿は、傾城の踊り子が舞うが如くに、美麗にしてどこか妖しい。水車と化した大鎌が世界に境界線を引き、王が定めた線に従い、万物たみくさがつないだ手を離す。


 美貌の王が大鎌を竜巻のように廻転させて、黒いMBへと駈け出した。

 迎え撃つパイソン。人体の膂力を完全に越えた素早さで迫るメルドリッサに対し、焦らずにライフルに仕掛けられた照準カメラアイを作動させ、確実に狙いを定める。

 絞り込むように銃爪ひきがねを引き――発砲の直前にボブの横入りに気づいた。


 ボブは跳躍し、MBの全長よりも高い位置から、触れるもの全てをこそぎ取らんと弧を描く鉤爪の一撃を放つ。

 間一髪、気づいたパイソンは危ういながらも片脚のホバーブレイドを作動させ、体勢が崩れるのを承知で避けた。切り裂かれた防護マントが宙を舞う。


 左右のホバーブレイドが小刻みに動作、かしいだMBの挙動を精妙な操作技術で立て直した。しかし、いくらパイソンの操縦が秀でていようともこのレベルでの闘争では致命的な隙である事には違いなく、身体がMBの立て直しをはかる中でパイソンの心中は穏やかではなかった。

 はたして、妨碍は訪れず、MBはからくも二足歩行の均衡バランスを取り戻した。


 MBのカメラアイを向けると王と魔獣が切り結ぶ姿が見えた。

 魔獣は素手。ただ、振るっている豪腕はパイソンの知る義手それではない。もはや、擬態する心遣いもなくなったのか、一目で義手と判る鋭い爪は墨色に染まり、空を筆紙ひっしと見立てて幾重にも線を引く。

 王は双鎌そうれんとでも呼べばいいのか、廻転により威力を増加させた二本の大鎌をダンスパートナーに舞い踊っている。


 そう、これはあくまで三つ巴。

 奇襲をはかったボブがそれに失敗した時点で、メルドリッサがその隙を狙う。結果、彼らはパイソンが致命的な隙から回復するまでの僅かないとまを一対一の構図で戦っていたのだ。


 そして、立ち直ったパイソンがその隙を見逃そうものか。

 脊髄反射の速やかさで、ライフルの照準を両者の衝突位置に合わせて、発砲。

 パイソンが発する気配を察知したか、メルドリッサとボブは共に示し合わせたように同時にその射線からいち早く身を翻す。衝撃が爪先を掠めるか否かの際どさで、MBの大口径の弾丸がホールの床面を抉った。


 対物ライフルかそれ以上の威力をほこるMB用ライフルの前には、流石の吸血鬼と総身義体者パーフェクトサイボーグであっても絶死を免れない。それどころか、着弾に至らぬとも衝撃だけでも殺傷せしめる、人体サイズには威力過大オーバーキル極まる代物だ。

 もっとも、彼らが暴威の埒外へと逃れることができたのも、人体サイズには到底収まるはずのない力を秘めている故だが。


 そして、再び訪れた沈黙。三者が三者とも攻めあぐねいている。


 刃に晒されたもの森羅万象を斬って捨てる冷厳な意思が鍛造された、吸血鬼メルドリッサが携えた大鎌の両翼はまさに必殺。身に収めた武芸の捌きで以って、己に振りかかる猛威を払いのける。


 既に化生けしょうの本性を剥き出しにした魔獣ボブは、目覚めた魔性ましょうでその戦闘能力を増嵩し、義体本来のスペックと人間の反射の限界を遥かに凌駕させている。


 そして、錦蛇パイソン。唯一、人間なまみでありながら、鋼鉄の装甲と過剰な攻撃性を備えた巨人MBを駆る彼もまた、歴戦の経験に裏打ちされた強さで拮抗している。


三人が三人とも、それぞれを斃仆へいふしうるに足る攻撃性をもち、それぞれ違う理由で拮抗している。玉響たまゆらも心を休ませる事ができぬ、極寒の水圧プレッシャーが彼らを冷えさせる。


 ここでいち早く動いたのは、装甲に守られたパイソンだった。

 一瞬目をつけたボブへ右マニピュレータで大まかに照準を合わせてライフルの洗礼。同時に、メルドリッサへと突進した。


 当然、狙いが不確かな銃弾がボブにたるとは思ってはいない。だが、持ちあわせた衝撃波はその限りではない。


 むしろ、眼に見えぬ破壊の波紋で紙一重の回避が許されないボブは、躱すのに専念せざるを得ず、足止めを喰らう結果となった。

 だが、ライフルの銃口が正面のメルドリッサから逸れている。


 メルドリッサは大鎌の両翼を左右にかち、廻転させつつ跳躍した。MBの全長よりなお高く、王は数理的な美しさを誇る肉体を弓なりにしならせ両翼を振りかぶる。


 しかし、追いかける形で防護マントの隙間からMBの左腕が振り上がる。

 左腕に備わった弩砲バリスタに番えられた、血よろしく黒茶けた銀杭パイルの先端が王を睨む。

 一切の躊躇なく、弩砲に加圧された銀杭が撃ち出された。大気を刺し貫いた怒号は、開放のカタルシスに銀杭が上げた歓喜の雄叫びか。


 怒号を共に、銀杭は吸血鬼を磔刑へと処す兇器の本懐を遂げようとしたが、王はその一手を既に読んでいた。


メルドリッサが斬り下ろした大鎌の片翼はご丁寧に峰打ちで銀杭の杭身へと叩きつけられた。

 当然、その程度で銀杭パイルの勢いは変わらぬ。

 ただ、単に受け止めるという意味では、だ。火花と耳障りな鳴聲こえを上げて大鎌と銀杭が互いの身を擦れ違わせる。メルドリッサは片翼で銀杭を捌きつつ、自身の空中座標をずらしたのだ。


 はたして、MBとメルドリッサは衝突しそうなごく至近距離ですれ違う。そして、王の片手には自由な大鎌の片割れが――。


 片翼の大鎌がMBの左腕――前腕と上腕をつなぐ装甲の隙間を縫うように吸い込まれた。

 鎖帷子状の金属繊維に覆われてはいるが、構造上最も脆い関節部分を破断されてはひとたまりもない。

 一瞬斬られた事に気づかなかったように腕は残っていたが、やがてゆっくりと破断面から下腕が滑り落ち、黄金の劇場に墨色の義血が噴水の勢いで撒かれる。

 左下腕の不在を悟ったMBが鳴らす警告音がパイソンの耳朶を叩く。同時にMBは失った下腕の重量を即座に計算し、自動オートでバランスを立て直しにかかる。


「くっ!」


 バランスを立て直す車体の中、流れる視界を巡らせてパイソンは自らに迫る魔獣の姿を見た。

 彼我の距離、バランスを取り戻すまでの時間。

 間に合わぬ――と判断するや、パイソンは即座に自動オートバランサーを解除しつつ、MBの体勢を捻らせながら右手のライフルをななめ撃ちながら、ワイヤー。

 狙いも何もない銃弾をボブはくぐるように躱し、瞬く間にMBに肉薄した。


 獲物を捉えた、そう判断した瞬間、ボブを待ち構えていたのは硝煙のたなびきも生々しい灼熱の銃口だった。


 目を見開く暇もあらばこそ、魔獣は本能の警鐘が導くままに地を蹴った。

 急激なベクトルの変化に空気を孕んだ抗議の声をあげた軍用コートが、巨大口径の銃弾の衝撃で裾を千切られた。弾丸の圧力は義体の重量でさえも脅かすほどで、魔獣は一瞬だが身をあおられた。


 ボブの狩猟獣としての獲物の状態を見計らう嗅覚をも凌駕したのは、ななめ撃ちを煙幕に、床面に撃ち込んだワイヤーウインチの反動を利用して、姿勢の均衡を取り戻したパイソンの神業的操縦技術ライディングテクニック・キックバランスだ。

 自動オートバランスの補助なしで傾く車体を、感覚頼みで反動と同調させる繊細さと大胆さを同居させた技法で、神門が好んで使用している蹴り技と同じく、そうそう実戦ではお目にかかれない高等技術である。


 今度は身を崩した魔獣に王が迫った。振りかぶられた大鎌は片翼。だが、突進と廻転の勢いを利用した大鎌の斬撃は片翼とはいえども、速度はともかく、ボブであっても受けに回れぬ切れ味を誇る。


 そう、速度。


 正確にいえば刃が通る軌道については、ボブも今や化生けしょう――魔性ましょうに裏打ちされた本能で予測と把握は可能だ。


 あくまで刃に身を晒せば斬って捨てられる、ただそれだけヽヽヽヽというもの。

 この世の全てを斬る刃だとて、側面は単なる金属に過ぎぬ。理性でそこまで計算していたわけではない。あくまで魔性に従って、魔獣は自らの頭蓋を断たんとする斬撃の軌道下に身を晒しつつ。掌底を迫る大鎌の刀身に打ち据える。

 ベクトルを狂わされた斬撃はボブの周りの空間を斜めに剃り落とすように通過し、床に剣先が埋まった。


「――やるね」


 感心するかのようなメルドリッサの呟き。

 だが、打ち落としたのは片翼。大鎌はもう片翼、残されている。

 片翼を弾かれたベクトルをままに利用した、刎頚ふんけいの横薙ぎが閃いた。

 際どいながらも上体反らしで外しながら跳ねた脚が、メルドリッサの顎から頭頂へと切り上げる刀と化す。

 咄嗟の判断で流されていた片翼を離し、魔獣と同じく身体を限界まで反らし、更に地を蹴って距離をとるメルドリッサ。ボブも弾けるように距離をとった。

 直後、間を縫って床面を粉砕する銃弾。


 朦々と立ち込める土煙の遮光幕を、置き去りにされた大鎌の片翼が斬り裂く光芒を放っている。

 刀匠が身魂を捧げた業物にはえも言われぬ何かが宿っているというのか、暴威をふるった銃撃の最中さなか、大鎌は傷ひとつなく突き立てられていた。


「……むっ!」


 パイソンが目をみはった先で、ボブは先程メルドリッサが斬り落としたMBの下腕の破断面へ右腕を差し込んでいる。ボブの爪からMB腕部に残された義血が吸い上げられ、総身義体に更なる暴力を与える。


 義体から湧き上がる暴虐の渦に破顔しながらも、墨色に充血した瞳が灯す光は冷たく重い。


 目を見開き、一際凄絶な笑みを浮かべると、魔獣は右腕を突き立てたままのMBの左下腕を引きずりながらパイソンへと迫る。メルドリッサの斬撃とパイソンの銃撃に抉られ、そしてボブに蹴り砕かれて荒れ果てた床の凹凸に、引きずられた巨大な腕が幾度も跳ね上がり、その跡は轍となって残されている。


「ジャア!」


 あろうことか、魔獣は自重を越えるはずのMB腕部もろとも跳び上がり、腕の持ち主に力任せに返上した。ボブ自身の膂力に加算された鋼鉄巨人の腕など、まともに受け止めきれようはずがない。


 ――防御、回避は駄目だ。続けざまに押し切られる。押し返せ!


 おもむろに車体を前進、威力が乗る前に魔獣へ車体を武器に圧倒的重量で圧す。

 加速に要した距離が短すぎたせいでボブを斃しきるには到底及ばぬものの、パイソンのMBは魔獣の一撃を耐え切れる程度の威力に留める事に成功した。

 衝撃で揺れる車体は頭部がひしゃげているものの継戦は充分に可能だ。


 対して、速度は大したものではなかったが、人体サイズには圧倒的な質量をほこるMBに撥ねられたボブ。だが、そもそも人の域どころか総身義体者パーフェクトサイボーグの域すら超克した怪物だ。

 しなやかな動きで衝撃を逃すと、巨大な鈍器を携えた右腕以外の四肢で三点着地を行い、体内の熱を吐き出すように白い息を吐いた。


「私は忘れられたのかな? 寂しいじゃないか」


 そう嘯く声。

 両者は認識すると同時に、パイソンは声の発生源へ銃弾の雨を降らせた。野性味あふれる魔獣よりも速度は遅いながらも、王は流麗に銃弾の脅威の外側へ移動している。

 置き去りにされた暴威の雨霰が虚しく地を突き刺す。


 示し合わせたように、MBの左下腕が宙を舞った。ボブの投擲だ。これに潰されれば、流石の吸血鬼といえども重体は免れない。だが、そもそも当たらなければ脅威足り得ない。

 下腕を縦に裂く大鎌の一閃、一瞬遅れてメルドリッサがその隙間から姿を顕した。

 先ほどの上腕と下腕を割った一撃は所詮、銀杭をいなして流れた体勢で繰り出したもの。だが、完全な状態で繰り出された大鎌はMBの装甲すら斬り裂く。


 メルドリッサがその程度で死ぬわけがないと見ていたパイソンが、牽制の弾幕を張りながら趨る。残された右腕の銀杭が獲物の血を渇望している。

 左腕のものよりも細く短い銀杭だが、幾人もの吸血鬼の血を吸った殲鬼の槍だ。これに貫かれれば、メルドリッサ、そしてボブであってもひとたまりもない。


 ボブも趨った。数歩で最大速度トップスピードへと至る圧倒的加速で。

 いつしか軍用コートのフードも空気抵抗に負けていたらしく、眼にも恐ろしい黥面げいめんを露わにし、四足獣よろしく地を舐めつつ趨る彼からは白い蒸気が迸っている。

 連続駆動で熱の増した体内から噴きでたそれにじゃれつかれたボブの姿は、あたかも霧から姿を現す魔獣。開かれた口から覗く呀が殺意に鈍い光を放っている。


 メルドリッサは両者を歓待するように両手を広げた。

 だが、無防備な姿勢とは裏腹に、闘志の張力が全身に満ち満ちて一部の隙もない。右手に握られた片翼の大鎌が酷薄な死神の青白い光を灯す。

 鎌に宿った霊気たるや、物理的でない精神に訴えかける肌寒さを感じさせ、一切を断絶する氷刃そのものだ。だが、大鎌を持つ主の気配は、あくまで春の穏やかさすら感じさせ、却って二律相反的な恐ろしさが伝わってくる。


 彼らの間合いは既に人のそれより遥かに広い。


 人では考えられぬほど遠間から、それぞれが仕掛けた。黒茶けた銀の杭が大気を穿ち、蹴り砕かれた床が塵芥ちりあくたと化し、青白い線が空間に引かれた。

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