光絲

 双子月が見下ろす夜空そらに雷光にも似た瞬きが闇間を刺す。

 それに今にも身を灼かれようとしている影が一つ。神門と咲夜の乗る夜烏よがらすだ。


 ジラは堂々たるもので座標を固定したまま、身を捩らせて避ける夜烏にレイサーを掠めさせ、もてあそんでいる。趨勢は火を見るより明らかだ。

 既にして、詰将棋の如くに神門は追い込まれており、度重なるレイサーの光に殺ぎ落とされた空間は窮屈な檻。檻の中で羽撃く鳥が空へと舞い上がれようものか。


『愉しくないな。ちょっとはやる気を出してよ』


 心の鼓膜を震わせるジラの声だが、神門には応える余裕も必要もない。

 際どく掠めた光線が翼の表面を赤熱させる。同時に、それは大仙楼の中腹にも突き刺さったらしい。

 神門の視界の片隅で、天空そらへ手を伸ばす超高層建築物の中腹から爆煙が朦々と吐き出されていた。


 刻一刻と迫り来る直撃の瞬間、神門と咲夜に断頭の刃が降るのもそう遠くない。


「ポイント10から23・7から15・5から0、来ます」


 ここに来て、ジラは先程までのレイサーとは異なる攻撃手段を行った。


 広範囲に渡る攻撃を警告した咲夜の声を反映するように、上空からかぶさってきたのは網目状の――蜘蛛の糸に似た光絲こうし。ただ、鈍く輝く色は溶けた硝子ガラスか水飴の透明さで、角度によって異なる一面を見せる。

 警戒はしていたが、とはいえ急激な攻撃パターンの変化に即座に対応するのは難しい。

 後頭部からの尾状の器官の先から放たれたそれに、逃げ場を失った神門の意識は追いつけず、闇色の鴉は絡め取られてジラの手中へ落ちた。


 月夜に妖しく輝く蜘蛛の巣は想像以上に堅固だった。光絲に機体が牽かれ機動をかき乱す。急激な機動の変化は衝撃を呼び、それに翻弄された神門の口からくぐもった声が漏れる。


「ぐおっ……!」


 更に光絲は絡みつき、夜烏はもはや蜘蛛の巣にかかった蝶の有様だ。


「機体外殻に高圧力負荷がかかっています。……右翼ジェネレータ破損、沈黙しました。ッ、続いて左翼大破」


 機体を伝播して伝わってくる、夜烏の翼がもがれる衝撃。光絲のもつ圧力は夜烏の装甲を容易く圧し潰し、翼諸共沈黙させた。翼を失った鳥は墜落するのが運命であるが、如何なる原理か、光絲が絡まった夜烏は浮遊能力を失っているはずであるのに、機体は不可思議にも空中に固定されたままだ。夜烏を縛る光絲の仕業か。


『あらら。簡単に捕まっちゃった』


 嘆息混じりな声と共に、レンズ状のレイサー共振器官に金髪の少年の顔が浮かび上がる。嘲りと失望が綯い交ぜになった表情で、彼はやおら空中で固定された夜烏へ近づく。

 抵抗を試みるも、既にそらを舞う術を失った夜烏は、まさに蜘蛛の巣にかかった蝶。

 藻掻いても、空という楽園を追放された黒い鳥は、地へ墜落するのみ。


『さァって……このままじゃあ、いくら何でも面白くないよねェ。だからさ……感動のごタイメェーン』


 ジラの嘲弄の声と共に、人間大の光糸の繭がジラと夜烏のコクピットを隔てる中心座標に現れた。それは、羽化するように光絲の一部が切れてほどけていく。


 中から姿を現したのは一人の男性の上半身だ。


 逆さに撫で付けた髪には乱れた上に白いものが混じり、今時珍しい視力矯正器具・眼鏡を着用している。気を失っているらしく、瞳は閉じられたままで、首も項垂れたままだ。


 だが、神門がその相貌を見紛おうはずがない。


 遂に会えた。少なくとも、彼と再会する為に、神門は飛海フェイハイ城の闇を潜り抜けてきたのだ。

 胸に去来する懐かしさ、そして同時に問いかけたい疑問が脳裏をよぎった。


「ッ! ……父さん」

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