盲竜
標的から逸れた銃弾が
降り注ぐ
四散し撒き散らされたスクラップ仕込みの
営業時間もとうに過ぎ、平穏で支配されている筈の
げに恐ろしきは、この
――ボブ・ホーク。
耐え難き怒りが彼を更なる暴虐の高みに押し上げたのか、以前とさほど変わらぬスペックの義体である筈にも関わらずその身体能力は格段に上昇しており、野生の本能は未来予知に近いほどの勘と反射をもたらしている。
義血に血走った墨色の眼は瞳だけが爛々と夜闇に輝きを放っており、黒いローブじみた
既に絶命している
相手の義血を吸収し己の動力源とする、それはまるで彼が憎悪する
「ふん」
下らぬ考えと共に、もう用済みとなった屍者を投げ捨てる。
――何か来るか。
強化された聴力でも何も捉えていないというのに、ボブは野生の勘で迫り来る敵を察知した。はたして、それは複雑な
最初、ボブは
直立した全高一〇メートルを超える巨躯は、惑星サラミスに存在する巨大
そう――器官。
証左に、ボブの義眼が機械ではありえぬ熱分布を感知している。
だが、ボブは
先ほどの飛来してきた姿から察するに、巨体に似合わず
単独の
その場で跳ぶと、
宙空へと舞ったボブの眼前には無防備な巨獣の頭部が顕わとなっている。両者を遮るものは何もない。
回転勁力をそのままに、まずは頭頂部を踵で踏み砕いた。
ボブ自身の体重に落下の衝撃と回転力を加えたその蹴撃は頭頂部を粉砕するには足りぬと見えたが、鱗をひしゃげて亀裂を生じさせるには充分な破壊力をもっていた。青い血の吹き出す亀裂に拳を入れ、中身を握るとそのまま殴り抜ける。
脳髄の断片を亀裂より引きずり出すボブは
苦悶に身を
筋肉と関節の駆動が調べを奏で、上に乗っていたボブごと頭部を力の限りに振る。
遠心力で強引にひっぺ剥がされたボブは、投げられたボールのように宙を放物線を描くと、ちょうど
「ガッ!」
義体が地面に打ち捨てられアスファルトを
勢いを失った頃合いを見計らって、猛獣のように四肢で大地を踏みしめると、慣性の残滓がアスファルトを擦過させたが、程なく停止した。
眼前に見える蓮の花のように粉砕されたアスファルトは落下地点だろう。そこからアスファルトを
背後を見れば、どうやら大仙楼の方向へ飛ばされたらしく、遥かに天を刺す楼閣の一部は先程までよりもその存在感を強めている。
聴覚が
断続的に地面を揺らし、唸り声は更に近づいてくる。いつまでも追いかけ続けられても迷惑だ。ならば、メルドリッサという怪物への試金石代わりに、この玩具を壊し尽くしてやろう。
やがて、巨大な影がボブを覆った。
先の巨獣が整然と並ぶ
当然、呆然と待ち受けるボブではない。その影を文字通り潜り抜けると、着地の隙を狙って身体を標的の方へ向ける。はたして、粉塵を起こしつつ着地した
次々と路面に佇立していく木々より一瞬速く、ボブは身を捩りつつ飛び
よく見れば、
一柱につき一人、男性像もいれば女性像もいる。捩った裸身は苦悶故か快楽故か、どちらにせよ眼窩より上を切り取られた像からは表情を
銛を撃ちつつ次なる跳躍に備えていたらしく、
連続して撃ち出される板状の背鰭の後部からは噴射炎が尾を引き、その様は夜空を
板状の背鰭は
しかし、そうやすやすとそれに当たってやるボブではない。既に彼はその野生の衝動に従い、道路に打ち捨てられた
それを楯にするように
生体火薬を生成していたのだろう。車体と接触した数発の背鰭は
そして、
そもそも、
だが、余人ならともかく、今や魔性の獣と化したボブにはその程度の弾幕など、何の障害にもならない。むしろ、追尾する
悪い冗談としか思えぬ光景だ。触接信管の
着地した
ボブは
是非もない。だが、それはお前の方だがな。
俺が殺す。俺が押し通る。ここがお前の死に場所になり、ここがお前の
飛び渡った
焔の神の息吹を封じ込めた弾頭が迫る。自由落下と目前の死――避けられぬとしか思えぬ数瞬先の死に……ボブ・ホークは笑っていた。
ドーパミンだかエンドルフィンだか脳内麻薬が過剰分泌され、一瞬が引き伸ばされる。タキサイキア現象と呼ばれるものだ。
ボブの身体は弾頭の先端と接触すると見せて、真実はそれより身体一つ分横にずらされていた。意識上でのろのろと
ゆるゆると
だが、頭を掴まれた蛇の如くに
濁流の勢いに押し流されるボブだったが、その足が大地をしかと掴んだ瞬間は逃さなかった。
己の身体をコンパスの針のように軸回転させると、指向性を与えられた
如何なる術理か、義体のスペックを遥かに超える
「砕けて……焼けろォォッ!」
推進力と遠投の勢いを乗せて、魔弾の射手へ。はたして、とんぼ返りした
右肩を爆破の焦痕に文字通り灼かれた
一切の躊躇なく、ちっぽけな機械の身体もつ魔獣は自らの体躯を数倍しても足りぬ巨獣へと奔る。
――も、射程距離に差し掛かろうとする
地が壁となった視界でボブは、内側から光を
突然、白昼よりなお
過剰な光量に反応し、速やかに義眼が視覚修正を行う。
光の奔流が過去のボブが存在した空間を舐め、街路が溶け、深い
イカロスの
その路面を灼き切った威力に慄然とするどころか、
魔獣は身体の滑空から足が路上に触れた瞬間に上空へ跳躍、脅威が眼下へと流れる。見れば、巨獣は展開した顎から白煙を吐き出している。
張り出した左肩が展開し、内部より
地を這い、両手を前脚に両足を後脚に、狼の持久性と
更に、道路を挟む形で立ち並ぶ
彼の脚力とそれをのたうちながら追従する鞭に打ち据えられ、道路舗装が見るも無惨な姿で横たわるも、意に介す者などここにはいない。
壁面に張り付きながら奔るボブは目の前に、路地の溝を見る。
本能に基づき、その向こうの
急激な方向転換に、一瞬だけ触手がボブを見失う。勝敗を分かつ修羅の間断を制したボブは巨獣の左肩の付け根に飛来し、その装甲の隙間の関節部へ向け、渾身の掌底を打ち落とす。
触手の大元の左肩ごと、胴体とそれを結んでいた巨大な関節が骨が砕ける断末魔と共に、衝撃と自重に耐えかねて地に落ちる。
軋みを上げる金属摩擦の咆哮を上げ、未だ吐く息も白い
口が焼けただれても構わないとでもいうのか、冷却が充分に完了していない口中のレイサー光線発振部のレンズ状の器官が
外しようもない完全な照準内。だが、それよりボブが速い。
まるで槍兵の
だが、それだけで済ます理由などない。拳を脚を爪を
獅子舞の如く、振り解かんと首を遮二無二振り乱す機械恐竜に合わせる形で、ボブは大仙楼の方角へと跳んだ。
それは燃え尽きる蝋燭の最期の灯火だったのか、
その様子を、大仙楼の壁面に捕まったボブは満足気な笑みを浮かべて見守っていた。
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