殲鬼

 壁面を突破した突撃制圧機は勢いが完全に消えるまで、進路上に横たわる悉くを粉砕し尽くした。


 この階はオフィスフロアだったらしく、薄いパーテイションやら個人用端末やら机やらが破壊され、床に至っては半円にえぐり取られた一筋の轍が敷かれていた。更に、天井も一部が破壊され、上部から何らかの配線コードが垂れており、時折、断線された端部から火花を散らしている。

 ここに勤める会社員がこの光景を見れば卒倒しかねぬ悲惨な状態だ。


 この惨状を起こした突撃制圧機も流石に無傷といかなかったらしく、突入時の破壊的衝撃をまるごとへしゃげてた衝角が雄弁に物語っている。


 不意に突撃制圧機の後部ハッチが開くと、中から黒いMBが姿を現した。サイクロップスに似ているが、別系統の車体だ。


 黒いMBにはカメラアイが左右に装備されており、威圧的な赤い光を放っている。車体の動きを阻害しないようにスリットを設けた防護マントが両肩のアーマーから伸びていた。両腕部に装備した扛重機ジャッキに似た弩砲バリスタに銀製の杭をつがえた威容は、吸血鬼狩りに赴く狩人のそれ。もはや硫化し黒茶け、鈍い光沢を放つ杭は、凄然な扱いに耐えた歴戦の勇姿か。両手にマシンライフルを携え、腰にぶら下がった多量のマガジンは無骨な鉄製の掛け簾に見えなくもない。


 MB――ノスフェラトゥ。操縦席に座るパイソンの心中や如何ばかりか。その答えは、ヘッドギアに隠されて何人も触れる事はできない。


 エリナが調整したヘッドギアは隻眼のパイソンに合わせており、全ての視覚情報を右眼でまかなえる。このMBに搭乗している限りにおいては、パイソンは隻眼のハンデなく戦闘を行う事ができる。


「侵入成功」

「遅~い。もう、セキュリティを撹乱するのも限界でありんすよ」


 骨振動受信機から聞こえてくる不平の声の主は、太義タイシー義体公司内のセキュリティシステムに侵入していたエリナだ。


「そうは言うがな、外はドえらい事になってたんだよ。今、何階だ?」

「現在……一五二階。どうやら、太義タイシー義体公司社長は一九八階の多目的ホールにいるようでありんす」


 一九八階――大仙楼の最上階が確か二〇三階である事を考えると相当な高層階だ。


「それじゃ、ちょっくら一九八階まで行くか」


 軽く言ってのけつつ、かつて扉が存在していたと思しき開口部へ向け、やにわにマシンライフルを発砲した。雷光が如き発火炎マズルフラッシュの閃きが、ちょうど他階から様子を窺いに来たのだろうMBを瞬間照らす。


 かくも恐ろしきは、世話話の途中と思わせるほどの弛さから一転した精彩を放った美事な銃撃。撃ち放った全ての銃弾が哀れなMBの装甲に吸い込まれ、そして貫通する。

 どうやら、火薬類には引火しなかったらしく、内部の張力をなくしたMBは膝を落として沈黙した。


 にわかに仕留めたMBへ向かって突進を開始したパイソンは、さながら撃ち落とした獲物に近づく猟師か。――否。むしろ、それならば慌てずゆるりと近づくはずだ。パイソンの独眼は先ほどの発火炎マズルフラッシュの閃光の中で、仕留めたMBの奥に控えたもう一台のMBの一部分を見たのだ。


 襲い来るノスフェラトゥの黒い影に奥のMB――流石に車種を判別できるほどはっきりと見えないが――が気づき、迎撃に入ろうとする。だが、不運にも擱座かくざした僚機が障害になる。

 人間的な思考――既に事切れているであろう僚機をぞんざいに押しのける、若しくは僚機ごと襲撃者を迎撃するという選択肢を強制的に消す人間的思考が脚を引っ張った。


 眼前の僚機を襲ったものと同じマシンライフルの銃弾が装甲を貫通し、折り重なるように二台は力尽きた。


「悪いが、白星軍バイシンジュンで戦争屋続けていた事を後悔してくれ」


 二台を見下ろしながら一人ごつと、パイソンは上階目指してホバーダッシュで立ち去った。


 あとには、破壊された天井から垂れ下がったコードから迸る火花の音だけが、死者の手向けの鐘の代わりに、空間に響いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る