空戦

 突撃制圧機の突貫がもたらした共喰いで密度を減らしたとはいえ、依然として蟲共は蚊柱のような渦巻く群れをなしている。それらが――六つ目じみたカメラアイを熾火の如くに燃やしながら、神門を睨む。

 暗雲から覗く無数の紅点が光り、夜空に散りばめられた凶星の不気味さで瞬きを見せ、一拍の余韻の後、神門と咲夜の乗る航空戦闘機を喰らい尽くさんと、顎門あぎとを開き襲いかかってきた。その様、怨念が形を成した餓者髑髏がしゃどくろの如し。

 まさに屍骸にたかる蟲の浅ましさ、まるで悪霊が道連れを増やそうと足を掴むおぞましさ。


 だが、突撃制圧機という重量ウェイトが無くなった今、戦闘航空機は敏速軽捷たる機動で四方よもより飛来するそれらを袖にし、各所に装備されたマシンランチャーで蟲を撃ち落としていく。元々、機械じかけの蟲は遠隔操作兵器だけあり、装甲面は重視されていない。ランチャーの銃弾一発で爆ぜ、重力のくびきに負け墜落していく。


 更に、群れの中心に飛び込んだ戦闘航空機の主翼尾翼が折れたかと思えば、折り直されていく折り紙よろしくその姿を変えていく。

 空防キャノピー脇の胴体部装甲と底部装甲の一部が展開しつつ重なり逆関節の脚に、主翼と一部胴体の装甲が翼椀よくわんへ、尾部は鴉のような流線形の頭部へとそれぞれ変化した。

 ――機兵夜烏よがらす

 あしゆびに似た降着装置ランディングギアに加え、機体に施された迷彩と変形後の姿は、まさしく闇夜の鴉。

 変形による各部の装甲が擦過し軋みを上げる声は、鴉の鳴くが如き。

 同時に、翼椀の一部装甲が展開し超音波振動エッジが姿を現す。

 機体を旋回させながら周囲を薙ぐと、その座標に居合わせた蟲が何の抵抗も無く両断され、一瞬赤熱化された斬り口を見せ、夜空を炎の花で彩る。その様は、よくできた剣舞を見ているようだ。


 蟲の大群は袋小路に追いやられたといっていい。曲芸じみた軌跡に絡まれば超音波振動エッジの処断を受け、かと言って距離を開ければ即座にランチャーの餌食だ。みるみるうちに数を減らし、あれほど猛威をふるっていたのが嘘のように、もやのようだった黒点は今やかすみ程度の濃度もない。


「――あんな無人兵器なんかで、龍神神門が墜とせるもんか」


 双子月が鎮座する夜空のパノラマの中、高空の大気に身を晒し、大仙楼の外壁の窪みに腰掛けた人影が一つ。吹き付ける風は鋭く冷たいにも関わらず、髪を引き千切らんばかりにあおる風圧も、人影に何等の痛痒も与えない。


「ねえ、聞いてんの?」


 振り返ると、光る糸で構成された人間大の繭がそこにあった。投げかけた問いはこの繭に対してのものだったのだが、横たわられた繭は沈黙のまま。


「……ま、そうか。光絲こうしに絡まっているんだ。声、聞こえていないかもね」


 眼下で蟲が散華するを見つめながら、ジラ・ハドゥは遠隔操作無人機をさげすむように。だが表面上の態度とは裏腹に心は高揚感に包まれている。


 ――もっとだ。もっと魅せつけてくれ。この殺戮本能を満たす存在だと魅せつけてくれ。


 まるで恋する乙女の純粋さで。ジラは身体から溢れんばかりの高揚感を持て余す。背筋にぞくぞくと快感が駆け登り、恍惚なる感覚が全身を伝播していく。


「ああ、ああ! もう殺してしまいたい……いや、まだだ。まだ熟していないし、味も整えてないじゃないか――ああ、待ち切れないんだよ待ち遠しいんだよ狂おしいんだよ……。だからさ……早く食べころし頃になってよ」


 この感情の吐露を聞くものがいたならば、彼の総身から滲み出す瘴気に肌を粟立たせた事だろう。声に絶対零度の殺意を滲ませて、ジラは眼下の大鴉を睥睨する。


 太義タイシー義体公司本社ビル、大仙楼。今宵の地獄絵図は始まったばかり――。

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