吸血鬼

「あいつはナニモンだ?」


 沈黙が辺りを支配し、おおよそ一分ほど経った頃、義眼に殺気を乗せて、ボブは眼前の隻眼の男に詰問した。

 沈黙の間に溢れんばかりの怒気を溜め込んだボブの義眼は充血し、もはや白い部分が見えない。墨色の義血に染まった義眼は、瞳から木漏れ出る眼光もあって、もはや人型の怪物然としている。

 そして、怪物の壮絶な扱いに義体も苦鳴を訴えかけていたらしく、両腕がひび割れ、隙間から義血が滴っていた。


「バケモンだよ」


 頭を掻きむしりながら、パイソンは先程までの身も凍る殺気を解いた。先程までの鬼気迫る殺気は、まるで嘘か幻よろしく霧散し、少し背中を丸めている仲介屋兼探偵の姿には名残すら残っていない。

 だが、ボブは見た。この怠惰な印象を一掃するほどの、寒気すら感じる気配を。


 ボブとて、己の野生に従って生き抜いてきた男だ。その野生が告げている。


 何の機化ハードブーステッド処理も行なっていない中年の男が、総身義体者パーフェクトサイボーグに放つ殺気では断じて、ない。あの殺気にきょはなかったと言い切れる。

 総身義体者パーフェクトサイボーグを斃しえる何かを持ち合わせている――若しくは、斃しえる自信がある。そういった類の殺気だった。


 パイソンは二挺拳銃を腰のホルスターに収めると、ある意味、神門とボブの予想通りの回答を口にした。


「吸血鬼って奴だ」



 * * *



 吸血鬼――。


 プラテメルダ銀河において、吸血鬼という種族は霊長類ヒト科から逸脱した種とされている。元々、ウィルスによる突然変異を起こした種であり、少ないかてを吸血行為によって補い、更にテロメラーゼ活性化によりテロメア長が伸長、実質的に不老不死に最も近い「亜人オニ科」とされていた。


 肉体的には千年を超える時を過ごす事が可能となった彼らだが、世界は吸血鬼に決して優しくはなかった。

 彼らは弾劾され、現在では、太陽の恩恵に与れない元・流刑惑星にて銀河の趨勢を見守るばかりである。


 そう、もはやお伽話とぎばなしの登場人物程度の認識でしかない吸血鬼が、よもや飛海フェイハイ城に――しかも、太義タイシー義体公司の社長の座についているなど、到底考えられる事ではない。


「我々は日光――紫外線に極めて弱い。触れれば火傷どころか、燃えてしまう。程度が酷ければ、灰と化す。我々は人に比べると遥かに治癒力は高いが、それでも身体の一部が灰になれば、回復は遅くなる。更に、重度の銀アレルギーを持つ。所謂いわゆる、吸血鬼狩りの連中が武器や装飾に銀を用いていた理由がそれだよ。だから、日光と銀には気を配ったほうがいい。これは、吸血鬼の先輩としての忠告だ」


 目にも綾な閉鎖型環境都市アーコロジー内部に散りばめられた光の照り返しを受けながら滑空するリムジン推力式浮遊車輛スラスターモービルの中、朗らかな笑みを浮かべながら講釈をする美丈夫はメルドリッサ。長衫を脱いだ彼はその下にジレを着ており、外から差し込む人工の光にその肉体美が詳らかに浮かぶ。

 向かいに座り、こくこくと頷く少女はどこか小動物的な印象を受ける。少女は、無惨な姿となった旗袍チーパオをメルドリッサの長衫に包んでいる。

 身から醸し出される気品と相反し、長衫から覗く揃えた素足がなんとも艶かしい。


 彼らを乗せたリムジン推力式浮遊車輛スラスターモービルは、閉鎖型環境都市アーコロジー推力式浮遊車輛スラスターモービル用道路――便宜上道路と呼ばれているが、実際はガイドビームが空中に誘導ラインを描いている空路である――に入り、大仙楼への空路をとった。

 大仙楼は王の凱旋を知ってか知らずか、夜気を切り裂くような眩い光を灯台のように放っている。


「さあ、君の名前を聞かせてくれないか?」


 洗礼名を告げる神父の荘厳さで、飛海フェイハイ城の王は少女に名を訊ねた。その声は春風の暖かみを孕み、少女のまった心をゆっくりと溶かしていく。


 実のところ、ボブの元にいた頃の――ほんの数十分前ほど前までではあったが――彼女は心的外傷トラウマと過度な心痛ストレスから失語症に陥っていた。


 だが、人を『解脱げだつ』し闇の眷属となった少女は、おずおずと口を開き、今再び喉が大気を震わせ――。


「アリアステラ……と申します」


 ――と、実に数ヶ月ぶりに彼女の口は細い声を紡いだ。

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