蘇生
ふと、背後に何者かの気配を感じた神門は振り返ると、降りてきた階段の向こうを見据えた。
いる……。
敵意は感じられぬが、確かに上階より何者かが降りてくる気配を感じる。ひた……ひた……と裸足特有の慎ましいながら特徴的な音はゆっくりとだが、確かにこの羅刹国へ向かい近づいてくる。
その気配に……何か、誰かに近しいものを感じたのは、はたして気の迷いか。
そう、まるで――泰然としてある天壌の王と同じく、ヒトを逸脱した者特有の――。
闇の中から、細い足が踏み面に乗るのが見えた。予想通りの素足。足はするりと細く華奢で、とてもこの血腥い地獄の底には似つかわしくない。
未だ、闇の
同時に貌と思しき影から並んだ二つの紅い灯火が、彼女が人在らざる証左に浮かんでいる。
神門は思い出していた。首筋から血を流した――少女の遺体。確か、傷の出処は――。否、まさか。ありえからざる――。
はたして人影の正体は、神門の悪夢のような予想に即した、黒い
死者との遭遇。その際にきて、神門の行動は凝然としてただ立ち尽くすしかなかった。
これが報仇の相手ならば、たとえ死者であろうと秋津刀の一閃が煌めいただろう。電子機械の如く、一切の呵責無く斬り捨てただろう。
だが、憎めからざる相手の黄泉還り――この事態において、彼の脳内は衝撃と疑問と現実的思考にかき回され、濁流に流されるのみであった。
パイソン、ボブ、そしてメルドリッサ。奇しくも三
だが、そんな脅威をまるで理解していないように、少女はその中心目指して歩んでいく。
敵意の無さか、希薄な存在感故か、三人はただ他の敵対する二人以外は視界に入っていなかった。
少女の姿にメルドリッサが真っ先に気づいたのは――彼がこの場を支配する程の武を身に修めているという理由と、彼女がパイソンの後ろから近づくのが一番見えやすい位置にいたという事実からだった。
「ふう……」
急に構えを解いたメルドリッサの姿に、隙が生じたと思うより警戒心が先に立ってか、パイソンとボブは動かなかった。ただ、もう一方を視界の隅に捉えつつ、メルドリッサの次の動きを注視する。
だが、それこそがメルドリッサの思惑通りの展開だった。
「プレストン、流石に生身ではきついだろう。次は、君の呀を以って戦うのがいいだろう。……ボブくん。今日は君と友情を育みたかったのだが、どうやら私は拒否されてしまったようだね。私は大仙楼にいる。もし、私と友誼を深めたくなったら、いつでもお
と、さらりと言いのけると、疾風の如く足運びでパイソンの背後――
当然、行動の真意を理解しようとしまいと、容易く見過ごすパイソンではない。いつの間にか、左手にも右手と同じくグラススキンを握り、二つの銃はまさしく濡れた呀の照り返しを見せつける。
怒号が奏でる二連射は、メルドリッサがパイソンから前方三メートル地点の天井へと
狙いもそこそこに放たれたとしか思えぬ二つの弾丸は、予想に反した正確さで撃ちだされはしたが、刹那ほど前、既に脅威の外側へと身を翻したメルドリッサには届くはずもなかった。
先ほどのボブの猛禽の空襲を踏襲したのだろう、天地逆転しつつ天井を蹴ると、メルドリッサは少女の傍に着地した。
流石のパイソンも、視界の外側へ三次元的に回避されては、次の行動に幾ばくかの隙が生じる。その瞬きに等しい間断を制し、メルドリッサは少女を横抱きに抱えると、更に後ろにいた神門にも同様に、階段、壁、天井の総てを使い、複雑怪奇な軌道を見せつけつつすり抜けていった。
紫電一閃、刹那生じた銀糸は鞘から解放された神門の秋津刀。
大気の断末魔以外に手応えの無き事を神門が悟った瞬間、王の疾駆に大気が圧されてできた気圧差――空白に近くなった空間に大気が雪崩れ込み、地下だというのに突風が駆け抜けた。
「メルドリッサァ!」
風が吹き荒れる中、独眼蛇が吠えた。嵐は一瞬で去り、後には三人の男と、かき乱された薄闇が再び沈殿を始めた空間が残された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます