醜美
両者の決着に待ったをかけた銃声の発生源を、ボブが素早く睨みつける。メルドリッサは余裕からか、やおら首を向ける。コンコースの――ちょうどボブの私室に繋がる階段に、二つの人影。
一歩前の人影は、ヨコスカジャンパーを着た、雄獅子の鬣の如き暗い金の乱れ髪の隻眼の男。
右手には、薄暗いコンコースだからか、浮き上がるように見える銀色に輝く
もう一人は、闇に溶けそうな黒髪黒眼の少年。
黎い瞳は冷たく燃える蒼い炎を宿し、おおよそ尋常の者が見せる瞳の色とは異なる。鞘に収めた秋津刀の柄に添えられた右手が、抜かば斬るという刀の理を顕していた。否、もはや彼は刀そのものだったと言っていい。
「プレストォォン! 何のつもりだァ!?」
取るに足らない仲介屋風情に冷水を浴びせられた怒りからか、発せられた激昂は激情家で知られているボブでも異常に過ぎた。ともすれば、即座に肉塊へと変えるといった殺気がパイソンへ叩きつけられる。
膨圧した殺気は質量さえ帯び、人を殺しかねない程であったが、怖じるどころか、押し付けられる圧力を痛痒ほども感じていないのか、パイソンは無言で底光りする眼光をそのままにしている。
確かにこれほどのものではないにしろ、幾度と無くボブの殺気の洗礼を浴びせられたパイソンだ。ボブ相手に商売をするとは、大なり小なり彼の殺気を受けなければならない。
それに対し対抗する気概を
この場にいる者で例えるならば、前者が神門、後者がパイソンであった。
平素のパイソンは怠惰な雰囲気を隠そうともせず、のらりくらり風に柳に受け流し、殺気を巧く散らしていたのだが――。
今宵の彼は違った。まるで、今まで見てきた姿が嘘偽りであったかの如くに、殺気の暴圧に正面から逆らっている。
いや、この男、
この事実に気づいたボブが平静でいられるわけもなく。
「プレストンッ! 貴様――」
「うるせえんだよ、ちったあ黙れや、コウモリ野郎。動物なのか人間なのか機械なのか判らねー中途半端野郎が。大体、なんで
なおも激昂するボブに、冷酷とすら感じる声色で応じるパイソンの姿。
しかも、彼の獲物は、大口径とはいえ拳銃のみだ。
どう考えても、ボブが襲い掛かれば、パイソンの絶死は免れぬ。そんな自明の理、彼我の圧倒的戦力差が判らぬほどのうつけ者なのか。
「あとだな……パイソンだ。俺の事はパイソンと呼べ」
地獄の底を覗いたかのような、背筋が凍る声が響く。いや、これは声なのだろうか。人語でありながら、無間地獄より吹き渡る鬼哭啾々とした風の音。
ここで、パイソンは初めて底光りする隻眼を獣に向けた。冷然で感情の見えない――蛇の眼。
「
「クク……フフフッ。変わらないな、プレストン」
片眉を上げ、飄々としながらも底冷えする蛇の眼は変えないパイソンと、まるで親しい友人に久方ぶりに出会ったように、爽やかな態度のメルドリッサ。まるで薄氷の上で踊っているような、表面的な態度と裏腹に両者に横たわる隔絶。
メルドリッサの男とは思えぬ妖艶さを湛えた口唇が開く。
「思いがけない旧友と再会できるとは、今日は久方ぶりに感慨深い日だ」
「ああ……そうだな、っと!」
飄然としたまま応え――言い終わらない内にパイソンは
鈍重かつ無骨なフォルムのDenG・グラススキンは、全長二六〇ミリを超える銃身に六発のマグナムの呀を装填した鈍色に光る獣だ。手にかかる負荷は実に一五〇グラム近くにも及ぶ
完全に隙を突いた。絶好の、まさに必殺の
ならば、その死神の息吹を孕んだ礫を、尋常ならざる反射速度で避けたメルドリッサという人物はなんだ?
妖しく燃える紅い瞳、薄く開いた口唇から覗く鋭い
太陽に背を向け、闇に棲まう月と血の眷属。
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